初めて六道輪廻図を見たのはネパールを一ヶ月間旅をして仏教の聖地ボダナートのチベット寺院に立ち寄った時の事だった。
日本の厳かなお寺にはない華美といっていい程、ハイカラ極まりないチベット寺院(ゴンパ)の壁画を見てみると四天王図と一緒に何だか曼荼羅のような六道輪廻図が必ずといっていい程描かれている。
成るほど。成るほど。
ハゲワシに遺体を喰って天に還す鳥葬や風葬、水葬といった墓を作らない独特な死生観があるチベット文化圏ならではの壁画だ。
チベットの死の文化についてはこちらの記事を読んで欲しい。
【六道輪廻図とは?】
六道輪廻図(英語でwheel of life)とは業によって生まれ変わる六つの世界(天道・阿修羅道・餓鬼道・畜生道・地獄道、そして我々が住む人道)を描いたものだ。
業、カルマとは生前に積んできた徳や悪行を応じて、六道のどれかの世界に転生するという死生観。
仏教徒はこの輪廻の輪から脱出して極楽浄土に赴くのだが、これがいわゆる『解脱』であり全仏教徒が目指す所なのだ。
【六道輪廻図の解説】
六道輪廻図で1番目の引くものは輪廻の輪にしがみつく巨大な怪物だが、これは『無常』を意味している。
無常とは簡単に言えば形ある物はいずれ無くなる仏教の教えで世の中の理である。
次に輪廻の輪を解説すると円の中心に『豚・蛇・雄鳥』が描かれているが、これは『愚かさ』『怒り』『欲望』という煩悩を象徴している。
三つの煩悩が描かれている円の外側には善い行いで上へ歩む人たち(円の外側左半分)と悪い行い(円の外側右半分)で下へ歩む人たちが描かれている。
輪廻の輪の中には業によって生まれ変わる六つの世界が描かれ善い行いで生まれ変わる『天道』『阿修羅道』『人道』
悪い行いで生まれ変わる『地獄道』『餓鬼道』『畜生道』が描かれている。
1番外側の円には苦しみが生まれてくる原因『十二縁起』が描かれている。
輪廻の輪の外側を見てみると右上には雲に乗った仏陀が月を指さし解脱を目指そうと語りかけ、左上には解脱した先にある阿弥陀如来と極楽浄土が描かれている。
■阿弥陀如来についてはこちらの記事へ。
【生まれ変わる六つの世界】
■人道
ボク達が住む世界が人道(娑婆世界)と呼ばれ『往生要集』によると『不浄の相』『無常の相』『苦しみの相』で構成されている。
不浄とは清浄ではない物(大便等)の事を言い、どんなに美味しい食べ物を食べても最後には排泄物(不浄)を生み出さなければならないという人間の宿命を『不浄の相』は語っている。
『苦しみの相』で知られているのが釈迦が出家を決意させた
四苦(生・老・病・死)と五つの苦しみ(愛別離苦:愛する人と別れる事。怨憎会苦:憎んでいる人と会う苦しみ。求不得苦:求めるものが得ることが出来ない苦しみ。五蘊盛苦:精神的な苦痛。)
が人生全てに伴ってくるという事を物語っている。
『無常の相』とはどんなに成功した人物でも、いずれ死んだり病に倒れたりする『形ある物は必ず滅びる』という世界の真理を説いている。
釈迦如来はこの苦しみから解放されたが人道では悟りを開けば輪廻の輪から解放される可能性があるのだ。
■餓鬼道
お腹が膨らんだ、まるで水死体のような身体を持つ餓鬼という鬼達が住む世界が餓鬼道。
餓鬼は15000年という途方もない長命であるが飢えと渇きに苦悶し続ける存在であり、生前に犯した罪によってどんな餓鬼になるかが変わると言われている。
例えば自分だけ美味しいものだけ食べ、子供や配偶者に分けなかった人は嘔吐物を貪る『食吐』になる。
他にも五人ずつ生んだ子供を食べても空腹になる餓鬼や汚物しか食べられない餓鬼等様々な餓鬼が存在している。
■畜生道
畜生道に生まれ変わると動物(鳥・獣・虫が多い)に転生し弱肉強食という自然界の摂理に従わねばならないという宿命を持っている。
また悟りを開いて輪廻の輪から脱出しようにも、その概念があるのか判らない為、解脱するのは難しい世界である。
さらに動物として転生する以上家畜として生まれ変わる可能性もあり弱肉強食の掟からは解放されるが一生労働に従事させられたり人間の食べ物として殺される運命も持っている。
■阿修羅道
京都・興福寺にある少年のような穏やかな表情をした有名な阿修羅像があるが阿修羅道は彼が支配する世界で戦乱が絶えない混乱に満ち溢れている。
阿修羅道の住人は大きく分けて二つの場所に住んでいて優れているものは須弥山の北の海の底。
劣っているものは須弥山をとりまく四つの海にある四つの島の間にある岩山に住んでいるとされる。
■天道
神通力や長寿を持つ人間を超越した天人と呼ばれる人々が住む世界だが人間と同じように天人は煩悩に苦しみ続けている。
天人も煩悩を断ちきれないと六道輪廻から解放されず転生を繰り返す事になる。
また天人は死ぬ直前になると五つの症状が現れる。
その症状は以下の通り。
頭上華衰:髪飾りについている花が萎える。
衣裳垢膩:天人の服が垢によって汚れる。
腋下汗出:腋の下に汗をかく。
両眼瞬眩:目がくらむ。
不楽本座:これまで居た場所が楽しいと感じなくなる。
この症状がでると身内からも見放され野垂れ死ぬ事になる。
天人の生き方は煩悩に大きく左右されるため場合によっては地獄に落とされる事もある。
【地獄道】
言うまでもなく生前に罪を働いたものが堕ちる世界で閻魔大王(人類最初の死者ヤマ)が支配している。
地獄には第一~第八の地獄があり階層が深いほど苦痛に満ちていている。
だが極楽が本当にあるのか地獄があるのかは判らないがボクが思うに、ありとあらゆる苦しみが溢れるこの世が地獄そのもの何だろうと思っている。
【六道輪廻図を見る事が出来る場所とは?】
仏教の絵を描いているボクからすると六道輪廻図は曼荼羅のように美しいデザイン性があって仏教云々抜きにしても見ていて面白い仏画のテーマだ。
そんな六道輪廻図だが世界中のチベット寺院なら、何処でも四天王図とセットで見る事が出来る。
ただ寺院の壁画を描いた絵師ごとに、その美しさは千差万別である。
ボクは今まで様々なチベット寺院を訪れたが中でもオススメはラダックにあるティクセ・ゴンパの六道輪廻図。
ティクセ・ゴンパにある壁画はどれも蒼を基調としたものばかりで六道輪廻図がある通路は美しい蒼で満たされている。
ラダックにはこの他にも古いタイプの壁画が数多く存在しているためチベット文化圏の中でも1番のオススメエリアである。
こちらの六道輪廻図はネパールのボダナートにあるコパン・ゴンパにある壁画で20以上ある寺院の中でもトップクラスに美しい壁画だ。
これはボダナートのタプサン・ゴンパの六道輪廻図。
タプサン・ゴンパは安宿や仏具店を運営していたりと商売熱心な寺院で毎日のように僧侶達による読経の音が本堂の中から響いている。
ボダナートにはこの他タルラム・ゴンパやサムテリン・ゴンパ等沢山の寺院がある。興味のある人はこちらの記事へ。
何故こんなに美しい六道輪廻図が外に描かれているというと実は寺院建築のルールで決まっているからだ。
つまり六道輪廻図の教訓は特に一般の人達に広く知ってもらうため必ず描かくという事なのです。
さてチベットには仏教の他にボン教という宗教があるが今は仏教の影響を受けているので殆んどチベット寺院と変わらないものとなっている。
この壁画があるのは東北チベットにあるボン教寺院ナルシ・ゴンパの壁画。
ご覧の通り紹介してきたチベット仏教寺院の壁画と殆んど変わらない。
チベット寺院の殆どはどういう訳か壁画や仏像が色褪せてくると再ペイントするのだが、それが余計に美しさを放っているから面白い。
チベット寺院はネパール、インド、チベットのみならず台湾や欧米にもあるので美しい壁画や仏像を拝観するため一度訪れてみてはどうだろうか?