これが文殊菩薩の化身なのか!?チベットの異形の仏ヤマーンタカ伝説

ぼくが初めてヤマーンタカという仏を見たのはネパールだった。

カトマンズの国立博物館に展示されていたその仏は日本で見られる仏や菩薩のような優しい顔だちでもなく

かといって不動明王のような憤怒の表情をした仏でもない。

 

その仏はなんと水牛の頭を持っていたのだ。

 

日本の仏画の本を読んできたぼくにとってはヤマーンタカという仏が余りにもインパクトがありすぎた。

このチベットの異形の仏を調べていく内にヤマーンタカは文殊菩薩の化身であり名前の意味は死を征する者という意味で

ヤマとは閻魔大王のサンスクリット語なので閻魔をも征するという意味にもとれる。

 

そして最も疑問だったのが水牛の頭をしている理由だ。

 

その理由はチベットの伝説でこう語られています。

 

昔、悟りを開かんとする僧侶が水牛に乗っていたところ山賊に襲われ水牛もろとも首を跳ねられてしまった。

怒り狂った僧侶は水牛の頭を拾い上げ自分の首に繋げ山賊達を殺してしまう。

 

しかも山賊達を殺しただけでなく関係の無い人々をも襲うようになった悪魔に成り果ててしまった。

人々が助けを求めたところ文殊菩薩が願いを聞き入れ悪魔と同じ水牛の頭に悪魔を倒すため沢山の手に武器を持って戦い遂に勝利する事が出来た。

 

この時の文殊菩薩が水牛の頭に沢山の手に武器を持った姿がヤマーンタカなのだという。

 

【様々な姿をとるヤマーンタカ】

実はヤマーンタカという仏は日本にも存在している。

日本での名前は大威徳明王と言い水牛の頭ではないが六面六臂六足の忿怒の顔をしていて水牛に乗る姿で表されています。

 

沢山の仏達が存在するチベットではヤマーンタカの姿は大きく分けて三種類に分類されている。

 

一つは血・赤を意味するラクタ・ヤマーリ(全身赤い姿の忿怒尊で明妃を抱くヤブユムの状態に人間を踏みつけ赤い水牛に乗っている。

 

二臂(二本の手)の場合、右手にカトヴァーンガという人間の頭部が連なった杖を持ち、左手に頭蓋骨の杯カパーラを持つ。

 

明妃もカパーラを持ち忿怒尊に血を注ぐ姿で表されている。四臂の場合も有り

 

もう一つはクリシュナ・ヤマーリ。

インドの愛・美の神様クリシュナの名前を持つヤマーンタカで『黒』を意味する。

 

黒という意味の通り体は黒く日本の大威徳明王のように六面六臂六足で黒い水牛の上に乗った姿で描かれている。

それぞれの手には剣や金剛鈴や斧等を持ちヤブユムの状態の場合もある。

その場合は三面三臂の明妃を抱きヤマーンタカは白・黒・赤の三面で三臂にそれぞれ武器を持っている。

その下にはやはり人間を踏みつけ水牛の上に乗った姿で描かれている。

 

他にも三面六臂の明妃を抱く白い身体を持つモハ・ヤマーリ(三面六臂)やチベット自治区のペンコル・チューデ内の壁画には

ヤマーンタカ文殊金剛、文殊金剛ヤマーンタカという仏が描かれているが調べても出てこないので

以前とあるチベット人タンカ絵師の方に聞いてみたら伝承が途絶えてる可能性があるという事。(もし知っていたら教えて欲しいです!)

数あるヤマーンタカの中で最もインパクトのある尊格はやっぱりヴァジュラバイラヴァである。

ヤブユムの状態や単尊の場合があるが九面三十六臂十六足(正面の顔は水牛で一番上には文殊菩薩の顔)という恐ろしい姿の仏である。

このようなヤマーンタカ系はそもそも仏教の敵を呪う為に仕様されてきた尊格達なので姿形も怖いものばかりなのだ。

またヤマをも征するという程なので現世利益の為にも信仰されている。

 

【ヤマーンタカと後期密教経典】

八世紀後半、後期密教経典の無上ヨーガタントラという密教色の強いタントラ(経典)が現れた。

このタントラには『父』『母』『不二』という3つの種類にわけられる。

ヴァジュラバイラヴァを本尊とするのが父タントラであり

この父タントラはインドの女神崇拝の影響を受けておりヴァジュラバイラヴァ・タントラの他に秘密集会(グヒヤサマージャ)タントラが代表となっている。

父タントラが成立後に誕生したのが母タントラで本尊の姿を見れば分かる通りヒンドゥー教的要素が入っている。

例えばチャクラサンヴァラ・タントラやへーヴァジュラタントラの本尊の姿を見ればヒンドゥー教の破壊神シヴァのイメージが読み取れる。

最後の不二タントラはチベット仏教のタントラ郡の集大成ともいうべきカーラチャクラ・タントラがある。

この種のタントラがどのように実践されていたかは不明である。

理由として大きいのが性行為を用いてからであり公開出来るものでは無かったからだ。

 

【ボン教の異形の神様】

ここで少しぼくの旅の話を語ろうと思う。

 

あれは二回目のチベット訪問の事。

 

東北チベットのマルカムに行った時にぼくは丘の上にある寺で興味深い尊格を見た事があった。

この一見ヴァジュラバイラヴァのような尊格はウェルセー・ガムパと言ってボン教の神様なのだ。

ボン教とはチベットに仏教伝来以前にあった自然崇拝を主とする宗教で現在は仏教同様

教義をまとめあげチベット仏教とほぼ変わらないものとなっている。

その為、ボン教の神様はチベット仏教のイメージがありウェルセー・ガムパもヴァジュラバイラヴァのイメージから来ていると推測される。

 

この尊格が特徴的なのは三つの頭の上に六つの獅子の頭がある事だ。

 

この異形な神様は十八本の手にそれぞれ武器を持ち四本の足。

 

そしてヤブユムの状態をしている。

ウェルセー・ガムパはボン教では一般的な神様の一つで他のボン教寺院でもよく見る事が出来る。

ボン教版ヤマーンタカと呼ばれるウェルセー・ガムパの他にもチベット仏教の仏のイメージを備えた神々がマルカムの壁画で描かれていた。

その色使いや細かさは目を見張るものでありマルカムに来ないと見る事が出来ない壁画であった。

チベットの町マルカム(四川省馬爾康)でボン教の神様達と出会った話

【ヤマーンタカと仏教美術】

ぼくは壁画のイメージを絵を与えるため旅をしているが見事な壁画や仏像は他にも様々な国・地域で見る事が出来る。

チベット文化圏で様々な仏達と出会ってきたが、この記事ではヤマーンタカに限って紹介しようと思います。*随時更新

始めに冒頭でも紹介したネパール・カトマンズの国立博物館。

この博物館にはヤブユムの状態と妃を抱いていない古いヤマーンタカ像を見る事が出来る。

この博物館には他にも100年以上前の古い曼荼羅や仏像等が沢山展示してあって始めに訪れた時は興奮ものでした。

ネパールは女神崇拝や血の儀礼が今なを行われている国でヒンドゥー教寺院の片隅で
ニワトリを神に捧げる生け贄を見かけたり

よくよく細かな所を見ていると宗教的な事が毎日どこかで行われているのだ。

 

ネパール訪問から数年後に行ったラダックは古い寺が多く父・母・不二タントラに登場する荒々しい仏達の壁画が描かれている。

 

空港近くにあるゲルク派僧院スピトク・ゴンパのゴンカンにはヤマーンタカ(ドルジェ・ジッチェ)の仏像があって

そのパワーに圧巻されて特に何かを信仰している訳でも無いのに五体投地をしてしまった程だ。

 

因みにゴンカン内は撮影禁止であり本堂内の壁画を撮るときも関係者に声をかけるのがマナーである。

 

チベットにおいてのヤマーンタカの壁画はチベット自治区のペンコルチューデ等で見る事が出来る。

だがぼくのように絵の僅かな収入やバイトで稼いで行ける程、チベット自治区は金銭的に難しい旅でもあるためぼくの初チベットは東チベットのカムであった。

 

東チベットは現在の四川省西部に位置する場所にあり、ヤマーンタカの壁画を見たのはラガン・ゴンパというサキャ寺院だ。

 

このゴンパにはヤマーンタカの壁画の他にもチャクラサンヴァラやヘーヴァジュラ等の仏達が登場。

ラガンは小さな町であるが聖山がみえたりと気持ちいい場所で外国人に人気らしい。

ヤマーンタカ等の無上ヨーガタントラの仏達は旅をしていても中々お目にかけられないが(もしくは写真撮影禁止)発見したら、この記事で紹介しようと思います。

 

【まとめ】

今回紹介したヤマーンタカという仏。

水牛の頭をしているという恐ろしい姿なれど仏教において水牛は神聖な生き物とされている。

反対にヒンドゥー教では邪悪な存在である。

 

という事はヤマーンタカがヒンドゥー教の神々を踏みつけ、かつ水牛の頭なのはヒンドゥー教よりも仏教の方が勝っていると表現しているに他ならない。

 

そして生命力溢れた彼らの姿から行き続けた先に悟りを開く事が出来る。

 

と、旅の中で何度か会ってきた無上ヨーガタントラの仏達はぼくにそう語りかけているようだった。

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