MIYASHITA TAKUMI のすべての投稿

マンガ風にアレンジした仏教画を描いています。2015年にネパールでタンカ絵師の元、三カ月間タンカを学ぶ。アジアを中心に仏教美術を求め寺院等を歴訪。

チベット仏教を築いてきた高僧達。その知られざる生涯を徹底解析!

チベット文化圏に行くと数多くの人々が仏教を信仰しているが、仏教がチベットに根付く裏には様々な高僧達の力があった。

ボクはチベットを旅している画家で、仏教美術の宝庫であるゴンパ(寺院)巡りを旅のメインしているが、チベットの高僧達も仏達同様に信仰されている事に気が付いた。

例えば仏像だったり、美しい壁画だったり・・

まるでゴンパの守護神のような高僧達をボクは今まで数多く見てきたが、今回はそんな彼らにスポットを当てたいと思う。

 

【ソンツェン・ガンポ】

ソンツェン・ガンポ(569?~649)はチベット全土を統一した開国の王で観音菩薩の化身とされている人物だ。

彼は13歳で王座につき、大臣トンミ・サンボーダをインドに派遣した後、彼と共にチベット文字を制定した。

また、インド仏教経典の翻訳に努め、唐とネパールから妃を迎えると共に仏教を持ち込み、チベットに仏教を根付かせるキッカケを作った。

 

因みにネパールの王妃はティツン妃、唐の王妃は文成公主といい、チベット自治区にあるジョカン(大昭寺)には文成公主が持ち込んだ釈迦如来像がある。

また、東チベットのラガン・ゴンパにも文成公主が持参した釈迦如来像があるが、こちらはチベットで最も神聖な仏像であるという。

その名にふさわしく荘厳で神聖な雰囲気をかもちだしていたが写真撮ったら怒られたので・・

撮影はやめた方がいいだろう。

【パトマサンヴァパ(グル・リンポチェ)】

チベット仏教4大宗派の一つニンマ派の始祖ともくされるパトマサンヴァパ(?~8世紀後半?)はグル・リンポチェ(導師様)としてチベット文化圏全土で崇められるインド人行者だ。

8世紀、ティソン・デツェン王は仏教を国教とし、インド人僧侶シャーンタラクシタによりサムイェ寺を建立しようとしたがチベットの神々に阻まれ、完成しなかった。

 

そこで密教行者パトマサンヴァパをチベットに呼び寄せ神々を従わせ、チベット最初の仏教寺院サムイェ寺を建立する事に成功した。

後に密教経典をチベット各地に埋蔵し、虚空の彼方に消え去ったが、その経典を元につくられたのがニンマ派である。

不思議に満ちたパトマサンヴァパの障害はこちらの記事を読んで欲しい。

空を飛んでチベットにやってきた高僧パトマサンヴァパとは一体何者?

また、パトマサンヴァパは広く信仰されているが、縁の聖地もチベット各地にあり、ネパールのファルピンやブータン等数多く存在する。

特にファルピンはパトマサンヴァパが瞑想したという洞穴がある聖地でタルチョー(祈願旗)がはためき、煌びやかな仏教寺院が沢山あって、仏教美術好きには一度は行って欲しい所。

 

【ティロパ】

ベンガル人行者でチベット仏教の一派カルマ・カギュ派開祖マルパの師匠ナロパに教え導いた人物。

ティロパは9世紀ベンガルの王子であり、王国逃亡後はブッダガヤでダーキニーの弟子となる。

その後、自分の国に戻ると人々から食べ物を貰い、火葬場に住まいを設けた。

ある日、ダーキニーがティロパは

「四つのチャクラは清いけれど勘違いをしていて完全に清くなっていない」

と思い、ティロパに腐った食べ物を渡した。

ティロパはそれを棄てると彼女は怒り

 

「貴方が良い食べ物か悪い食べ物か判らないのであれば法を修業する意味は無い。」

ティロパはダーキニーの導きにより、ガンジス河でいつも漁師が捨てている魚の内臓を食べて生きていた。

そうして12年間瞑想する事になり、後にナロパに教えを導く事になる。

 

ティロパが瞑想した洞窟がインド北部のラダック、ラマユル・ゴンパに存在している。

 

因みに、彼はいつも魚の内臓を食べていたので『はらわたを食べるシッダ(成就者)』を意味する『ルゥイパ』として有名になり、時を経て『ルゥイパ』の名に『ティ』の前詞をつけて『ティロパ』と呼ばれるようになった。これはルゥイパの変形である。

 

【ナロパ】

ナロパは偉大な密教行者でカギュ派開祖マルパの師である。ナロパは東インドの公国の王子で、子供の頃から正義感の強い人物であった。

両親の勧める結婚に反対した彼は宗教の勉強の為にカシミールに移り、そこでパトマサンヴァパの25の弟子の一人、高僧ナムカイ・ニンポに『ナロパ』の名前を授けられる。

 

ナロパの宗教学の努力はティロパと出会った事により完成し、それはマルパに受け継がれていく。

 

【マルパ】

カルマ・カギュ派の開祖。1012年チベット最南端ブータン国境付近の森林地帯であるロタ地方に生まれる。

 

活発な子供時代だったマルパは両親によって12歳の時、仏門に入ることになりチョキ・ロド(法の知性という意味)という仏教名を受けた。

その名の通りマルパは読み書きの技術をあっという間に習得し、サンスクリット語とインド口語を学んだ。

 

彼は、より高い勉強の為に様々な困難に遭いながらインドに行き密教行者ナロパと出会い、彼と共に密教の勉強をして密教のマスターとなった。

 

後にインド・ネパールで修業しカギュ派を創立。カギュ派の『カ』とは教え『ギュ』は伝統を意味し、一般的に仏教論理学よりも瞑想修業を重んじられる。

 

【ミラレパ】

ミラレパ(1040~1123)はマルパの弟子であり、101曲にもなる詩を書いた詩人でもある。

マルパとの修業の際、作った『シェカル・グトゥ』と呼ばれる9階の塔が南チベットのロダに現在でも残っている。

大呪術者、大ヨーガ行者として生きたミラレパの生涯は、こちらの記事で詳しく書いている。

チベットの大ヨーガ行者ミラレパの波乱に満ちた生涯とは?

【サペン(サキャ・パンディタ)】

相撲で有名なモンゴルは実はチベット仏教国である。

モンゴルにチベット仏教をもたらしたのがサキャ派四世座主サペン*パンディタは大学者の意味(1182~1251)で、叔父のタクパ・ゲンツェン三世座主の予言に従い、甥のパスパとチャクナを連れ、モンゴル支配下の西夏に向かった事が始まり

当初、王は不在で会うことが出来なかったが三年後の1247年に西夏の王ゴダンと会合した事がキッカケでチベットとモンゴルが交流するようになる。

 

後にサペンは中国山西省の五台山で『大印(マハームドラー)』を説いて、1251に70歳で亡くなった。

 

また、彼の甥のパスパは元朝皇帝フビライ・ハンの師となり、チベット全土で権勢を振るった。

 

サキャ派はツァン地方のクン一族がサキャ寺を建立した事が始まりで、開祖はクンチョク・ギェルポ(1034~1102)
他の宗派と違い、世襲制で瞑想修業や仏教論理学・曼荼羅研究を行っている。

【ロサン・タクパ(ツァンカパ)】

ゲルク派の開祖ツァンカパ*本名はロサン・タクパ(1357~1419)は密教と顕教(密教以外)を統合し、チベット仏教会を大改革した高僧である。

ツァンカパは現在の青海省のツォンカ(『ツァンカパ』はその地に因んだ通称)という地に生まれ、36歳の頃、文殊菩薩を見ることが出来るというウマパと出会い、ツァンカパもまた、文殊菩薩を見ることが出来るようになったという。

ツァンカパには様々な逸話が残されているが、彼もまたパトマサンヴァパ同様神格化され、ゲルク派寺院に行くと必ず本尊として巨大なツァンカパの仏像が崇められている。

 

有名なのがネパールの『コパン・ゴンパ』で数多くの外国人が仏教を学んでいるが、ボクは半ズボンで入ろうとしたら警備員に待ったをくらった!

後に特別に入れて貰える事になったが、やはり戒律が厳しいだけの事はある。

 

【ダライ・ラマ】

ダライ・ラマ(大海の師)は観音菩薩の化身とされ、チベット全土で宗派を問わず信仰されている。

歴史はゲルク派がカルマ・カギュ派の『転生活仏制度』から刺激を受け、導入した事が始まりで、デプン寺、セラ寺座主を務めたソナム・ギャンツォがアムドのチャプチャで『ダライ・ラマ』の称号を受けた事が始まりである。

歴代ダライ・ラマは以下の通り。

■1世(ゲンドゥン・トゥプパ)1391~1474

タルシンポ寺を建立した高僧で、極めて学識ある人物として尊敬されていたがダライ・ラマと名乗る事は無かった。

 

■3世(ソナム・ギャンツォ)1543~1588

ダライ・ラマ制度が正式に開始されたのが3世の時。

モンゴルの王アルタン・ハンから『ダライ・ラマ』の称号を受け、その返礼に王に『ブラーマ(宗教の王)』の称号を授けた。1世、2世は後を追ってダライ・ラマとされた。

 

■5世(ロサン・ギャンツォ)1617~1682

チベット自治区にある世界遺産ポタラ宮の建設を命じたのが5世で、初のチベットの政治的指導者になったダライ・ラマである。

だが5世の時代でポタラ宮は完成せず、遺言により5世の死を隠したまま摂政デシ・サンギェ・ギャンツォが6世の教育と共にポタラ宮を完成させた。

 

■6世(ツァンヤン・ギャンツォ)1682~1708

モンユルのニンマ派行者の家に生まれた6世は1697年に即位。

しかし僧院生活に馴染めなかった6世は自ら還俗し、身を飾り、夜ごと酒場で美女達と楽しんだ。

その奔放な姿のせいでダライ・ラマの地位を失い、北京に護送中、没した。

 

■9世(ルントック・ギャンツォ)1805~1815

歴代ダライ・ラマの中で最も短命だったが、続く10世、11世、12世も10~20代で夭折している。

死因は判らないが、その影には貴族達の権力争いが関係しているらしい。

 

■13世(トゥプテン・ギャンツォ)1876~1933

イギリスと清朝との間で翻弄されたダライ・ラマで、英国領インドに亡命中、近代文明に刺激を受け、チベットに貨幣制度を導入。

また、軍備の増強、警察署や郵便局の設置し、チベットの近代化を進めた。

 

■14世(テンジン・ギャンツォ)1935~

アムド・タクツェル生まれ。4歳でダライ・ラマに即位し、15歳の時にチベットにおける実質的な政治・宗教指導者になるが中国共産党の侵略を受け、1959年インドに亡命した。

 

以降、チベットの自由と非暴力の必要性を訴え続け、1989にノーベル平和賞受賞した。

13世の生涯は『セブン・イヤー・チベット』や『クンドゥン』といった映画で、克明に描かれている。

【まとめ】

チベットにおいて悟りを開いた高僧達は神同様に崇められ、ゴンパでは壁画や仏像が数多く見ることが出来る。

例えばパトマサンヴァパの大仏は東チベットやネパール、ブータンといったニンマ派が多く信仰されている国に沢山あり、黄金色に美しく耀いている。

また、壁画のテーマとなるツクシンと呼ばれる木の根のごとく仏教の広がりを示す集会図の中尊としてツァンカパが描かれたり、修業者達を描いた壁画も存在している。

チベット文化圏には、こういった仏教美術の宝庫であり、チベット仏教を築いてきた高僧達の歴史を垣間見ることが出来るので、興味のある人は一度は行って欲しい場所だ。

 

『漫画仏画江師メールマガジン』ではチベット文化圏の情報と共に、知られざる壁画のテーマの話や高僧達の逸話も載っているので、ピンときたら登録して欲しい。

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格好いい!インド・ラダックの民族コート『ゴンチェ』を買える場所とは?

インド北部に広がるヒマラヤ山脈麓ラダックにはチベット文化が根付いているラダックという地域がある。

ラダックには仏教を信仰するチベット系少数民族ラダッキ達が独自の文化を守り質素な暮らしをしている。

 

インド秘境の地ラダックについて詳しく書いた記事もあるので興味のある人は読んで欲しい。

【インド秘境の地】ラダックで寺院巡りやトレッキングする方法とは?

【ラダックの民族衣装】

ボクは始めてラダックを訪れた時、彼らの文化に触れ感動を覚えたが、それと同時にラダッキの民族衣装

『ゴンチェ』

はシンプルなデザインながら格好良く、その存在を知ってから絶対買ってやろうと思っていた。

ゴンチェはラダックを象徴する伝統的な民族衣装で、又の長いコートのような作りになっている。

 

作りは夏用の薄手の物と冬用の分厚いナンブーという布地で作られた物があり、大豆色のような色をしたゴンチェが一般的だ。

また、ラダックには、この民族コートの他にも伝統的衣装が数多く存在している。

 

 

例えばボクを驚かせたのが『ベラク』

 

 

ベラクはラダック人女性が催事の時に頭に被るヘッドギアで数多くのトルコ石をはめた独特なデザインのヘッドギアは、まるでコブラのようだった。

 

 

実は本当にコブラを象徴していて、このコブラとトルコ石は水の精霊ルーを象徴していると言われている。

 

 

ボクが始めてベラクを見たのはマト・ゴンパで開催されたチャム『マト・ナグラン』だった。

 

チャムとはチベットの仮面舞踏祭で、神々に扮した僧侶達が二日間かけ踊りが披露される。

ボクがラダックに来た目的がチャムを見る事だったが実際に、この目で見た光景は、正に非日常的世界であった。

ここぞとばかりに美しい民族衣装を着た人の中にはベラクを初め、ゴンチェに『ボク』と呼ばれる民族コートを着た女性の姿もあった。

 

このコートに合わせるのが『ティビ』という帽子でシルクハットのような作りになっている。

 

ラダックは今なを民族衣装を日常的に着ているチベットとは違い、現象傾向にある。

 

【ゴンチェを買いに行こう!】

荘厳な仮面舞踏の世界を見たボクはスピトク・ゴンパやティクセ・ゴンパで美しい壁画の数々を見て回った。

ボクのもう一つの目的は仏教画の勉強の為にラダックの壁画を見る事で、比較的新しいチベットの壁画とは違い、古くからあるホンモノの仏達の壁画や仏像の数々はボクに感動を覚えさせた。

帰りの日が近くなったボクはラダックのお土産を探すべく中心地レーを捜索。

 

 

目的はラダックの民族コート『ゴンチェ』!

 

 

とは、言っても売っている人は見当がついていた。

 

ボクは生活費の節約の為、イスラム教のパン屋街で売っている一枚20ルピーしかしないパンを毎日のように食べていた。

そのパンが売っているパン屋街の道中に民族衣装店があり、幾つもゴンチェが売っているのを見ていたからだ。

 

 

ボクは早速、その店でゴンチェを購入し着てみると、どこからどうみてもラダック人!

 

 

等といっ事はなかったらが、スゴく気に入った!

 

 

そして、ゴンチェを着てゲストハウスに戻る道中、ボクに一人のラダック人が声をかけてきた。

 

彼は帯屋さんで様々な帯を売っている。

 

その日ボクは帯を買うことは無かったが最終日の前日、買いに行く事になったが帯屋だけあってカシミアやコットン等、様々な種類の帯が売っていてボクは二つ買って後にした。

 

こういった専門店は幾つもあって帯屋の他に民族靴である『バブー』というフェルト製の靴やトレッキング用品を売っている店が幾つもあった。

実はラダックはトレッキングスポットとして有名でヒマラヤ山脈に登ることが出来るのだが、山登りが苦手なボクは進んで登ることはないだろう・・。

レーでお土産を買った後、ボクは早朝の便に乗るため知り合った日本人と共に予約していたタクシーに乗り込み空港に向かうのであった。

 

さらばラダック・・。

 

【ラダックのチベット人街】

ラダックにはチベットから亡命してきたチベット難民キャンプがある。

その場所はレーから南東約七キロにあるチョグラムサルという道路沿いに広がる町で、チベット子供村といったチベット施設が幾つもある。

 

こういったチベット人の町はラダック以外にもあってネパールはボダナートやファルピン、パタン等、幾つもあって近くには必ずゴンパ(寺院)があって、チベット人の信仰を受けている。

特にボダナートは沢山のゴンパがあり、朝夕と数え切れない程のチベット人や仏教徒が祈りを捧げながら巨大ストゥーパの回りをコルラ(巡礼)していく。

その光景は正に強烈な祈りが作ったチベットでは見ることが出来ない世界で圧倒していた。

そんなチベット人の民族衣装も紹介しようと思う。

 

チベットの民族衣装で有名なのがチュバという民族コートで男女問わず着用している。

 

短ジャケットもあり、ボダナートの民族衣装店では冬用のジャケットやシャツ、帽子等が売っている。

同時にゴンパも多い為か仏具仏画店も多く、チベット人経営のチベット料理(モモ、タントゥク等)を食べることが出来るレストランも幾つもある。

ボクは以前、この聖地ボダナートで仏教画の勉強の為に3ヶ月間(英語もろくに喋れぬまま)学んだが、その時の事を記事にしたので読んで欲しい。

ネパールで3か月間チベット仏画タンカを学ぶ!『タンカ絵師マイラ氏との出会い』

【ゴンチェのコーディネイト方法】

ボクは日常的に民族衣装を着ているがゴンチェは存在間があるので一枚あればラダックファッションが完成する。

だがラダック人は他と差別化するために色々な帯を巻き独自のファッションスタイルを作っている。

 

ボクの場合、それにネパールのタマン族の帽子を被っているが旅をしていると結構評判がよく、空港でインド人から

 

 

「どこで売っているの?」

 

 

とか、レーを歩いているとラダック人の婆さんから

 

「似合うよ」

 

 

とか

 

 

こういった事が海外ではよくあった。

 

 

ボクなりの考えでは外国人と仲良くなるためには、その国の民族衣装を着て海外に行く事が最もベストな方法。

 

ボクは何度も現地の人からファッションスタイルを褒められた事があった。

 

そのせいかボクは海外に行くと民族衣装を着て旅をする事が多くなり、それが仲良くなるキッカケを作るんじゃないかと今でも思っている。

 

ボクが運営している『カイラス』ではチベットの民族衣装を売っているが、ここで紹介している民族衣装を着てチベット文化圏を旅するとチベット人達と仲良くなるキッカケを作るかも知れないので、美しい民族衣装の数々を見に行ってほしい。

民族衣装店『カイラス』はこちら

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ネパールでガイドを雇う場合に注意すべき3つのポイントとは?

ヒマラヤ山脈を頂くネパールは登山家やバックパッカーに人気の国だが、ガイドを頼んで観光する場合幾つか注意する点がある。

ボクはネパールが好きで何回か行った事があるのだがガイドと一緒に観光したことがキッカケでトラブルになった事があるので、実体験を交えて『ガイドを頼むときの注意点』

3つ紹介しようと思う。

 

【ガイドは何処にいるのか?】

そもそもガイドは何処にいるのだろうか?

実はネパールのガイドは繁華街のタメルで軒を連ねる各旅行会社で頼むのが一般的で、それ以外はどうにも怪しい。

 

ボクは元々ガイドなんて必要としない一人旅タイプの人間で、初めてネパールに行った際もお金がかかるからガイドを雇わない方向でいた。

 

が、しかしボクの目論見はあえなく壊される。

 

カトマンズに行ったなら必ず行くであろうダルバール広場に入った時のことだ。

チケット売り場でチケットを買っていると初老のネパール人に声をかけられ、あの寺の装飾はああだとか、いきなりガイドを始めたのだ。

実はこの男はガイド(自称)で、初めてネパールに訪れた観光客を狙い、身元を隠して近付いてくるのだ。

男はその後、博物館に一緒に入って適当に説明したのち、ダルバール広場内にあるタンカ屋(チケット仏教画)でタンカを買わそうとしたり、勝手にカフェに入りコーヒーを頼んでテラス席で優雅に飲んで、あげくコーヒー代払えのしまつ。

 

実は海外慣れしていなかったボクは、コーヒーをおごっていた、その時もガイドじゃないだろう・・

 

 

などと思っていた。

 

男とボクは生き神クマリの館でクマリを見た後、男と別れをツゲよとした、その時だ。

 

遂に男は正体を表し正規(らしき)のガイド章を提示し3000ルピーを払えと要求された。

 

ボクはなけなしの生活費からお金をだし、その場から解放されたが、ボクはネパールに一気に覚めてしまいゲストハウスに引き籠もるようになる(笑)

そんな事もあって初一人旅のネパールは見事に最悪な結末を迎えるが、彼らの対処法さえ知っていればガイドを防ぐ事が出来る。

 

ボクはネパールのガイドがヤバいみたいな事を書いているが、ネパールは本当にオススメ(初海外の人)の国である。

 

混沌としたカトマンズを歩いていると日本では味わえないパワーを感じる事が出来るし、お香と埃が混じった独特の匂いはネパールならでは。

それと、独特の寺院建築をよく見てみると美しいヒンドゥー・仏教美術の数々を沢山見ることが出来る。

ネパールはインドとチベットとの間にあることから両方の文化が混ざっていて、ヒンドゥー教の聖地があったり、チベット仏教の聖地が混雑しているネパールは仏教美術好きにはたまらない国だろう。

また、ネパール料理は最高でネパールの国民食と言えるダル・アンド・バードは世界中で1番美味しい料理で(ボクの中で)本場で食べるのは格別!

また、特にネパールの魅力は物価の安さでバックパッカーの聖地となっていて節約すれば長期滞在する事だって可能だ。

ボクは以前チベット仏教の聖地ボダナートで3ヶ月間タンカを学んだが、それで10万過ぎ位しかかからなかったのは驚きだ。

■ネパールの物価が判る記事

【ネパールの魅力は物価にあり?】いかに安いかがわかる旅行費用大公開!

【自称ガイド対策】

自称ガイドは大抵、外国人観光客が集まる観光スポットにいて、まるで悪魔が人間に良からぬ事をささやくように近付いてくる。

因みに自称ガイドがいる観光スポットはダルバール広場が多いような気がする。

特にカトマンズのダルバール広場はガイド以外にもシツコイ土産売り等がいるので注意が必要で、同じようにパタンのダルバール広場も日本語を話すガイドが出現する。

こういった観光スポットに出現するガイドは後々トラブルになりやすいが、彼らがガイドがどうか見分けるポイントがある。

 

それは、何処で覚えたのか流ちょうな日本語を話す事だ。

 

ネパール人ガイドは日本人を見分ける目をもっていて、日本人だと察知されると日本語で話しかけてくる。

(日本人が好きで話しかけてくる人もいるので、よく話を聞いのがポイント)

 

また、タメルを歩いていると日本人観光客を狙い話しかけてくる男達がいるが、彼らは麻薬の売人なので絶対に相手にしてはいけない。

その他トラという怪しいネパール人もいるので注意。

 

■タメルの悪徳ネパール人について

ネパールの安宿街タメルの注意事項『狙われる日本人、悪徳ネパール人から身を守れ!』

ネパールには、上に挙げたような自称ガイドが沢山いるので、もしもガイドを頼むときは信頼出来る旅行会社で頼むようにして欲しい。

【信頼出来るネパール人を見つける方法】

ボクは何回かネパールに行った事が、その度に優しいネパール人に助けられてきた。

初ネパールでは、入国カードの書き方が分からないボクに親切に教えてくれた日本に長年住んでいるネパール人に助けられたり、ガイドブックに載っていない安宿を紹介してくれたりもした。

また、ボダナートでタンカ絵師を見付けるため聞きまくっていたボクにタンカ絵師を紹介してくれたラマさんという人の存在。

(そして怪しい外国人?のボクにタンカを教えてくれたマイラさん)

 

タメルの日本人経営のチャチャカフェという店で働くスタッフの人も日本語が喋れ色々と相談にのってくれる。

 

彼らに共通しているのは、日本好きで、実際に日本に住んだことのある人も多い事だ。

彼らはネパールに少なからず存在しているのは確かで困っていると、救いの手を差し伸べてくれる。(怪しいネパール人もいるが)

そんな彼らの優しさに触れる事が出来るのが旅の醍醐味で、ボクは今まで海外旅行をしてきたが、それを感じる事が出来るから今も旅をしているのかも知れない。

特にチベット文化圏(ネパールやラダック)は仏教徒が多くいて日本のように古い文化が消えつつある国とは、全く逆をいっている国も多い。

だからこそ魅力的で日本では味わえないような非日常的な世界が広がっているから、ボクは何度も足を踏み入れている。

 

【まとめ】

ガイドについて散々書いてきたがボクのオススメはやっぱり一人旅で、苦労して旅をしたからこそ知ることが出来たガイドブックに載っていない観光スポットや安宿、レストランを発見出来るのでガイドを利用しない方法をオススメする。

 

ただ、やはり一人だと不安かも知れない。

 

ボクのように初海外一人旅のせいで、入国カードの書き方が分からない。

 

観光スポットの行き方が分からない等があるかも知れない。

 

そこでメールマガジンでは、何度もネパールに行ってきたボクだからこそわかる観光スポットや安宿等を紹介しているので、興味のある人は登録して欲しい。

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【永久保存版】めくるめく仏達の世界『如来』の一覧を一挙に御紹介!

仏達のカテゴリーの最上位に位置する『如来(サンスクリット語でタタガータ)』は修行中の身である『菩薩』とは違い完全に悟りを開いた存在である。

『如』というのは真理の意味で、真理を人々に教え、救うためにやってきたという事から『如来』という。

 

因みに『菩薩』は厳密な意味で仏では無いが、人々と最も近い存在として広く信仰されている。

特にチベットでは観音菩薩信仰が盛んで、チベット人達は何千何万回も『オム・マ二・ペメ・フム(蓮華の中の宝珠よ幸あれ)』を唱え、彼らの精神的指導者であるダライ・ラマは観音菩薩の化身でもある。

 

この記事では悟りの境地へと達した様々な如来達の一覧と豆知識をチベット仏教の仏達を交えて紹介しようと思う。

 

また『菩薩』についてはこちらの記事を読んでほしい。

苦しみから人々を救う観音様の種類とは?『チベットの観音菩薩信仰』

【釈迦如来(シャキャ・ムニ)】

仏教の始祖であるシャキャ・ムニの『シャキャ』とはシャキャ族出身、『ムニ』が聖者を意味する事から『シャキャ族の聖者』という事になる。

また、釈迦如来の元々の名前であるゴータマ・シッダールタはシャキャ族を構成するゴータマ(優れた牛の意味)族の『目的を成就した者』を意味するシッダ・アルタが由来である。

釈迦は紀元前六世紀頃の現在のネパール・ルンビニーで誕生したと伝えられているが、その誕生は伝説的だ。
彼は母親のマーヤーから生まれてすぐに七歩あるいて『添加唯我独尊』と言ったとされているが、これは『宇宙の中で自分だけが尊敬されるべきである』という事の宣言であったのだ。

*釈迦の誕生日(4月~5月頃)は仏教徒にとってお祝いの日であるがネパールではブッダ・ジャヤンティという誕生祭がルンビニーやスワヤンブナート、パタン等で盛大にお祝いをする。

 

その後、大使として何不自由なく成長したゴータマ・シッダールタだったが、人生の苦痛に思い悩むようになり、二十九歳で出家し、厳しい修行の末、三十五歳で悟りを開き、ブラフマーの御告げの元、人々に教えを説き仏教の始祖となったのだ。

 

また、現在では釈迦如来の仏像が世界中で見ることが出来るが元々は像を造ることが禁止されていて、初期には法輪や塔等が釈迦の象徴として崇められていた。

 

因みに法輪は釈迦の教えを象徴し、チベット仏教寺院の屋根の上に設置されているし、仏塔は仏舎利(釈迦の遺骨)が祀ってあるとされ信仰の対象となっている。

出家後の僧服を着た釈迦の仏像が誕生したのは紀元前一世紀頃で現在に至るまで形は殆ど変わってはいないが、チベットにおいては様々な姿で表現されてきた。

 

例えばジョカンにある本尊ジョウォ・リンポチェは出家前の釈迦像で煌びやかな装飾を身にまとっているし、ペンコル・チョルテン内にあるマハームニという四面八臂四足の釈迦の壁画も存在する。

 

【大日如来(ヴァイローチャナ)】

大日如来の音写は毘盧遮那如来であり、ヴァイローチャナはサンスクリット語で太陽を意味する。

また、胎蔵界・金剛界曼荼羅の中心に位置する五仏(中心に大日、東に阿閦、南に宝生、西に阿弥陀、北に不空成就)の一つである。

大日如来は仏教における真理そのものであり、法が人格化した姿なのだ。

 

これを『法身仏』と言い、釈迦如来のように娑婆世界に現れ、教えを説いた仏の事を『応人仏』と言う。

 

大日如来の特徴は菩薩のように煌びやかな装飾をまとっていて、身体の色は白く、仏の智に入ることを意味する智拳印を結び、結跏趺座を組んでいる。

 

これは七世紀頃成立の大日如来が活躍する『大日経』における特徴だが十二世紀頃に成立した『完成せるヨーガの環』では大日如来の姿は複雑化する。

 

大日如来は獅子に乗り、四面八臂を有する。二臂は智拳印、もう二臂は禅定印を結び、他の手は数珠、円盤、弓、矢を持っている。

 

【阿閦如来(アクショーブヤ)】

アクショーブヤとはサンスクリット語で『動じない者』という意味で、生きとし生けるものに怒りの心を起こさせないという誓いをたて如来となった事からきている。

また、遥か東方にある世界『阿比囉提(あびらだい)』に住む阿閦如来は僧服を身にまとった姿で身体の色は青黒である。

密教において青は怒りの色であり、仏法の障害を打ち砕く仏であるという象徴でもある。

 

【宝生如来(ラトナサンヴァパ)】

ラトナサンヴァパとは『宝から生まれた者』を意味し、その名前の通り富を司る仏である。

 

宝生如来は願いを叶える『予願印』を結ぶ僧服の姿で描かれる事もあるが、菩薩形で妃を抱いたヤブユムの状態をとることもある。

身体の色は黄色で宝の色と似ているという事からきている。(太陽の色ともされている。)

【阿弥陀如来(アミタ)】

阿弥陀如来は西方浄土に住む仏であり、どんな悪人でも、その名を唱え、祈りを捧げれば極楽浄土に行けるとされている。

そんな有難い仏であるから古くからインド、中国、日本で信仰されてきた。

 

阿弥陀如来の別名で無量光(アミターバ)、無量寿(アミターユス)という名前があるが、チベットでは顕教(密教以外の宗派)の形としての無量寿、密教としての形としての無量光が信仰されてきた。

 

無量寿は僧服を身にまとい托鉢の容器を持った姿で描かれるが、菩薩形の場合もある。

無量光は菩薩形で妃パーンダラーを抱き、托鉢の容器と阿弥陀如来のシンボルである蓮華を持っている。(因みに身体の色は赤である。)

阿弥陀如来について詳しく書いている記事もあるので読んでほしい。

アミターバとアミターユス『二つの阿弥陀と浄土世界の真実』

【不空成就如来(アモーガシッティ)】

アモーガシッティとは『完成(成就)を必ず(不空)得るもの』を意味している。

不空成就如来は金剛界曼荼羅で北方を守護する仏であり、僧服をまとい(菩薩形で妃を抱いた状態もある)苛立ちを鎮める施無畏印を結んでいる。

また、ヒンドゥー教の聖なる鳥ガルーダに乗った姿で描かれる事もある。

因みにガルーダはヴィシュヌ神の乗物で、仏教では迦楼羅天として知られている。

【薬師如来(バイシャジャグル)】

万病を癒やし、現世において利益をもたらす薬師如来の正式名称は薬師瑠璃光如来という。

瑠璃光とは仏国土(仏の世界)の一つである浄瑠璃世界の事で、この世界を治めている仏であるから薬師瑠璃光如来なのだ。

因みに仏国土は東西南北にあり、それぞれ四つの仏達が治めている。

 

仏国土を治める四方仏は以外の通り

北=弥勒仏

南=釈迦如来

東=薬師如来

西=阿弥陀如来

 

薬師如来は僧服で薬壺や薬草を持つ以外は、釈迦如来と同じ姿である。

 

【金剛薩埵(ヴァジュラサットヴァ)】

大日如来の化身でもある金剛薩埵の『金剛(ヴァジュラ)』とはダイヤモンドの事で悟りを求める心の堅さの象徴である。

因みにインドラの持ち物である雷が武器となった形ヴァジュラでもある。

 

『薩埵』とは衆生=生きとし生けるものを指している。

 

金剛薩埵の役割は大日如来の難解な教えを衆生に分かりやすく説く事である。

 

金剛薩埵は菩薩形で右手に金剛杵、左手に金剛鈴を持った姿で描かれるがチベットではこの2つは智恵と方便の意味で、悟りを開く道というシンボルである。

また、金剛薩埵同様、同じ役割を持つと考えられるヴァジュラ・ダーラは五仏を統括する存在として考えられている。

 

【その他の如来について】

仏教では過去七仏という信仰があるが、これは釈迦が悟りを開く前にも仏がいるという考えである。

また未来にも仏が出現するという考えが誕生し、それが五十六億七千万年後に現れるというのが弥勒菩薩である。

さらに、娑婆世界の十方(東西南北、南東等の八方向と上下)に無数の仏達が存在すると考えられている。

 

【仏(如来)の仏像・壁画を見ることが出来る寺院】

ボクは仏教美術を求めチベット文化圏を旅する仏画絵師であるが、この章では仏(如来)の仏像・壁画が見ることが出来るチベットの寺院を幾つか紹介しようと思う。

 

初めに仏教美術の宝庫であるインド・北部のラダック地方には未来仏『弥勒菩薩』の仏像を見ることが出来るゴンパがいくつかあるが、その代表は巨大なゲルク派寺院ティクセ・ゴンパである。

 

このゴンパには高さ15メートルにも及ぶ弥勒菩薩(チャンバ)立像があり、他にも青く美しい壁画を沢山見ることができる。

また、アルチ・ゴンパではカシミール様式の仏達の壁画や大日如来像を中心とした金剛界立体曼荼羅があり、必見である。

 

そのアルチから南に10キロ程離れたスムダ・チュン村にあるスムダ・チュン・ゴンパではアルチ同様、金剛界立体曼荼羅がある。

 

ラダックの中心地レーから西に125キロ程先にあるラマユルにあるセンゲガンという御堂には五仏の古い仏像がある。

 

■インドのチベット世界『ラダック』についてはこちらの記事を読んでほしい。

【インド秘境の地】ラダックで寺院巡りやトレッキングする方法とは?

四川省西部に広がる東チベットというエリアにあるラガン・ゴンパには『ラガン・ジョウォ』と呼ばれるチベットに嫁ぐ際に持参した釈迦像があり、地元住民から深い信仰を受けている。

また、カンゼ・ゴンパには釈迦如来、観音菩薩を初め、数え切れないほどの仏像がある立体曼荼羅がある。

チベット自治区の仏教美術の宝庫であるペンコル・チョルテンには先に紹介したマハームニをはじめ、青黒い身体の金剛毘盧遮那や珍しい女性の姿をした四面毘盧遮那如来の壁画もある。

 

『世界一幸せな国』として有名なブータンには世界一高い仏像クエンセル・ポダンがある。

 

ネパールでは住んでいる人より神々が多いと言われる位、至る所で仏像を見ることが出来るが、中でもカトマンズ郊外のファルピンでは赤い身体の阿弥陀如来像を見ることが出来る。

この他、様々なチベット文化圏にあるゴンパで様々な仏像を見ることが出来るが

『漫画仏画絵師メールマガジン』では、仏像をはじめ、知られざるチベット文化圏の情報を発信しているので興味のある人は登録してほしい。

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【注目】エスニック・民族ファッションコーデを大公開!(メンズ編)

この記事ではチベットを旅する画家であるボクがインドやチベットで買ってきた私物の民族衣装やボクが運営している民族衣装店『カイラス』で販売している衣料品を交えて、エスニックファッションコーディネイトを作ってみた。

民族ファッションやエスニックファッションに興味のある人は、特に注目して読んで欲しい。

*因みにコーディネイト例は何かと抑えられがちなメンズファッションである。

 

また、この記事を書くにあたり、友人のHくんにモデルの写真撮影や民族衣装を着てみた感想をもらったりしたので、彼には心から感謝する。

 

【ラダックの民族衣装ゴンチュ】

初めにボクの一番のお気に入りの民族衣装を紹介しようと思う。

この小豆色の長いコートのような民族衣装はインド・ラダック地方の民族衣装ゴンチュと呼ばれるもので、ボクが実際にラダックを旅した時に買ってきたものだ。

ラダックはインド北部のチベット文化圏で、現在でもチベット文化が色濃く残り『リトル・チベット』とも呼ばれるインドの中の小さなチベット世界だ。

チベット文化が破壊されつつあるチベットよりもチベットらしいとは言われているが、民族衣装率としては他の国同様着ている人が少なく、買ってきたゴンチュを着ている人も年配の人ばかりで少し寂しかった。

しかし、だからこそゴンチュを着てラダックを旅すると現地の反応がいいので旅の間、着続けたが日本に帰ってからも冬になると年配のラダック人のように日常的に着ている。

 

そんなゴンチュコーディネイト方法。

 

・・ゴンチュ一枚で決まってしまうのでコーディネイトも何もないのだが一応他と差別化を図るため、ゲリ模様をあしらったネパールのタマン族の帽子を被ってみた。

 

本来ラダックは、このような山岳帽を被らずシルクハットのような伝統帽を被るのだが、出来るだけ日常的なファッションスタイルに仕上げたいのでタマン族の帽子にしてみた。

(因みに手に持っているのはマ二車と呼ばれるもので1回回すとお経を1回読んだことになる便利なチベットグッズだ。)

また、ラダックを旅した時、ゴンチュ同様、この帽子もウケが良かった!

 

ので、こういった服をきて海外に行くと現地の人と仲良くなるキッカケをつくることが出来るだろう。

こちらの記事も参考にしてほしい。

チベタンは帽子がお好き?チベットの民族衣装の着こなし方とは?

【ゴンチュを着てみた感想】

Hくんには民族衣装を着てみた感想も聞いてみたので、その時のインタビュー内容も記事にしてみた。

 

Q「着てみてどうだった?」

 

H「普通に着ていても違和感がない。日本のファッションにも合っていて、オシャレな感じがした!古着屋に売ってそう。」

 

とのこと。

世界的にみても姿を消しつつある民族衣装は実際に着てみると欠航オシャレで、チベット人と人種的に近い我々日本人が着てもあまり違和感はないのだ。

また、彼からこのような意見も貰った。

 

H「又が長いのはどうして?」

 

「粋だよ。」

 

ラダックやチベットの民族衣装の民族衣装は地面につくんじゃないかと思うほど又が長い。

これはチベット民族の粋で、洒落っ気である。

 

H「素材は何?」

 

「ナンブー」

 

ゴンチュの生地はナンブーと呼ばれるウールのような生地を使い作られている。

因みにゴンチュの下はセーター等の防寒着を着ていたりする。*ゴンチュだけだと寒いため上に着たり、着がさねするようだ。

 

【チベットの民族衣装】

チベットの民族衣装はチュバと呼ばれるガウン上のものもあるが、今回紹介するのは短ジャケットのような民族衣装だ。

この民族衣装はネパールのチベット仏教の聖地ボダナートから買ってきたものでゴンチュ同様日常的に着ている服だ。

チベットの民族衣装のポイントは色鮮やかな生地と中国風のデザインの所だ。

 

ボクが買ってきたのは紫の民族衣装だが、この他にも赤、青、黄、黄緑、白等、極彩色に彩られたものが数多くある。

因みにチベットの民族衣装は民族衣装店『カイラス』で購入する事が出来るので是非立ち寄って欲しい。

 

 

民族衣装店『カイラス』はこちら

 

【チベット民族衣装を着てみた感想】

ボクが買ってきたのは冬用なのだがHくんから、このような意見があった。

 

H「中がボアになっていてあったかい。」

 

そう、この民族衣装の特徴として裏地がついていて、この服一枚だけでもあったかいのだ。

また、ネパール製の民族衣装はチベット本土よりも質がいいらしく東チベットを旅した時、バスに乗り合わせたチベタンから裏地の肌ざわりがいい的な事を言われた事がある。

 

H「チベットで民族衣装は着られているの?」

 

「かなりの数が着ている。子供から若い人まで。他のチベット文化圏とは大違いだった。」

 

バスの中でボクに声をかけたチベタンを含めてチベットは民族衣装を着ている人が多い。

これは先ほど話したラダックやネパール等のチベット文化圏よりも民族衣装率は高く、昔ながらの伝統を守ってあるという何よりの証拠だと感じた。

 

だからこそ、そんなチベットを秘境のように感じ、何度も彼らの文化を知るためボクはチベットを旅しているのかも知れない。

 

逆にHくんにこんな事も聞いてみた。

 

Q「民族衣装と合わせるならどんなパンツがいい?」

 

H「ジーンズとか・・カジュアルなもの」

 

確かに、民族衣装は派手めな所もあるため、パンツはカジュアルにした方がベストだと思う。

また、個人的に言えば数珠をネックレスのようにすれば、なおベストなんじゃ無いかと思っている。

【もうダサくない!?】数珠ファッションコーディネイト術一挙ご紹介!

【エスニックファッションコーディネイト方法】

民族衣装店『カイラス』では本格的な民族衣装の他にエスニック衣料も取り扱っている。

例えば神々がプリントされたネパール製のTシャツ。

Hくんに着て貰ったのはネパールから買ってきた私物のTシャツだが他にも沢山のデザインのものが数多くある。

このTシャツにプリントされてあるのはヒンドゥー教の破壊神シヴァ神だが他にもガネーシャやハヌマーン、仏陀等沢山あるので、興味のある人は訪れて欲しい。

 

民族衣装店カイラスはこちら

 

また、Tシャツの上に着ているのは古着屋で、買ってきたネパール製のパーカでタメルによく売っているものの一つである。

 

 

Hくんからの意見はこうだ。

 

 

「個性的なファッションが好きな人には好かれるんじゃないかな?」

 

「それと、合わせるならサルエルパンツ(夏とか)合いそう!」

 

 

とのこと。

 

 

Hくんも日頃からファッションには気を使っている人で、色々民族衣装コーディネイトを考えてくれた。

 

今回、彼とインタビューして分かったのは個性的な民族衣装でも着方によって日本でも普段着として着こなす事が出来る事である。

また、インタビューしていてボクも色々発見出来たので今後のブログや民族衣装店『カイラス』の運営に活かそうと思っている。

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【もうダサくない!?】数珠ファッションコーディネイト術一挙ご紹介!

男性に人気な数珠ファッションと言えば、真っ先に頭に思い付きやすいのがにつけるブレスレットだ。

素材の殆どはパワーストーン(天然石)をあしらったブレスレットで数珠ファッションの定番アイテムとなっている。

 

しかし!

 

ファッションアイテムの一つであるブレスレットに対するネットの評価は・・

 

ダサい、ゴツい等々・・

 

散々な意見が殆どだ(笑)

 

そこで日頃から『民族衣装ファッション』を着こなすチベットを旅する画家であるボクが、オススメの数珠ファッションを紹介しようと思う。

 

【数珠をファッションに取り入れる。】

ボクがオススメするのはブレスレットではなく、実は数珠そのものだ。

 

 

え・・数珠・・?

 

 

と、思った、そこの貴方。

 

 

数珠と聞くと葬式や法要と言った宗教的行事に使う物だ、と思うかも知れない。

しかし、ボクがファッションに取り入れて欲しい数珠は日本のお坊さんか持っているような数珠ではなく、

『ヒマラヤの国』ネパールの日本では見ないようなハイカラな数珠の事だ。

 

ネパールの数珠は天然石や木材、ヤクの骨等で作られ、チベット人や仏教徒、僧侶がよく手に持っている。

 

 

この数珠をネックレスのように首をかける!

 

 

そうすることで数珠が、あたかもネックレスのように見え、オシャレな数珠ファッションが完成するのだ。

 

ボクも民族衣装やTシャツに合わせて普段から数珠をネックレスのように首にかけている。

因みにネパールは数珠をはじめ、仏画、仏像、法具、アクセサリーやエスニック衣料の宝庫で、ネパールの専門の職人達によって作られている。

故に世界中のバイヤー達がネパールの独特なデザインのアイテムを求め、買い付けてくるのだ。

 

また、物価も安い為(数百円程度のゲストハウスや美味しい食べ物が沢山食べられる)バイヤーの他、バックパッカーが数多く集まり長期滞在者の聖地とかしている。

特に繁華街タメルはバックパッカー向けの安宿が集まり、アクセサリーや衣料品を売っている土産物を売っている店が集まりしのぎを削っているのだ。

ネパールの物価等、詳しい事はこちらの記事を読んで欲しい。

【ネパールの魅力は物価にあり?】いかに安いかがわかる旅行費用大公開!

【数珠ファッションコーディネイト方法】

数珠をファッションに取り入れたコーディネイト術を幾つか紹介しようと思う。

 

 

まずは初級編。

 

 

ネパールやインドの神々がプリントされた独特なデザインのTシャツやサイケなTシャツにネックレスとして数珠を取り入れる。

ネパールのTシャツは、一枚だけでも存在観があって、いいのだが何かワンポイントが欲しい所。

 

 

そこで数珠なのだ。

 

 

ブレスレットがダサい!と言うのならネックレスに目を向けて欲しい。

 

 

独特なデザインの数珠が、ネパールのTシャツによく合い、まるでネックレスのように見えるはずだ。

 

■ネパールの独特なデザインのTシャツについては、こちらの記事を読んで欲しい。

サイケ・仏Tシャツ・奇抜ファッションなら民族衣装店『カイラス』へ

 

 

続いては中級者編。

 

 

ネパールのエスニックファッションと言えば、ボクが真っ先に思い付くのが、様々な色を合わせたツギハギ状のパーカやゲリ模様(タマン族の伝統模様)をあしらった帽子や服を思い付く。

こう言ったデザインの服が、よく国内のエスニックショップでよく見かけ、ボクも日常的に着ている服の一つだ。

エスニック衣料好きなら、Tシャツの次に着て欲しい衣料品で、パーカの下はアラジンパンツやサルエルパンツ、もっとラフに着こなすならジーンズやハーフパンツがベストだろう。

 

一見派手っぽい感じがするエスニック衣料だが、上だけエスニックで下だけ普通にすると、シンプルな感じになり様々なファッションスタイルを楽しめるだろう。

 

 

最後は上級者編。

 

 

上級者ファッションと言えば、原宿で見るような独特なセンスの服や自分一人だけのファッションセンスを取り入れた服が思い付くが、ボクの場合、奇抜ファッション?

 

と言われてしまいそうなチベットの民族衣装を普段から着ている。

チベットの民族衣装と言えば、シルク製のヴラウスやチュバと呼ばれるガウンのようなモノが知られ、今なをチベットに暮らす人々は日常的に民族衣装を着ている。

 

ボクは、始めてチベットの民族衣装を目にした時、着てみたい!

 

と思うようになり、それが始まりで民族衣装に様々なファッションを取り入れられないか日頃から研究している。

 

中でもネパールの数珠は民族衣装によく合い、首にかけたり、手に持つことでザ・チベタンスタイルの完成である!

因みに現地のチベット人も数珠をネックレスのようにしている人もいて、出来るだけ本場のチベタンファッションに近づけようとしている。

また、彼らは強烈な日差しから身を守るため民族衣装に山高帽を被り、チベタンカウボーイのような人々や独特なデザインの山岳帽を被っている人をよく目にする事が出来る。

民族衣装には数珠の他、様々なアクセサリー(ネックレスや指輪、ブレスレット等)をジャラジャラ付けるのもアリだし、ジーンズやチノパンを履く事でシンプルに抑えることが出来る。

 

数珠ファッションの初級者編、中級者編、上級者編を紹介してきたが、ネパールの数珠をファッションに取り入れる事で自分一人だけのオシャレを楽しめる事がおわかり頂けただろうか?

 

そして数珠ファッションに対するイメージが変わって頂ければ幸いである。

 

因みに、この記事で紹介したアイテムの殆どはボクが運営する民族衣装店で数多く販売しているので興味のある人は訪れて欲しい。

民族衣装店カイラスはこちら

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中国・チベット地域を旅行する際に準備すべき必需品一覧表を公開!

この記事では中国・チベット地域を旅する際に必要なものをまとめてみた。

チベット自治区や東チベット(四川省カム地方や甘粛省、青海省など)旅行では普通の中国の都市とは勝手が違う事もあるので、これからチベット地域を旅する人は読んで欲しい。

 

【入域許可証(パーミット)】

入域許可証とは、チベット自治区旅行の許可をしたという事を証明するもので、個人で取得する事が出来ない。

その為、チベット自治区へ行く場合、チベット旅行を行っている旅行会社で申し込み、入域許可証を貰う形となっている。

因みに、高額になりやすいチベット自治区旅行だが、カトマンズや成都のチベット旅行を主催する旅行会社で申し込むと多少安くなる場合もあり、その場合、中国のビザ代、入域許可証取得料、移動費、ホテル料、ガイド料などが含まれる。(チベット旅行はツアーという形をとっているが個人旅行の場合も同様)

また、チベット自治区の他に東チベットという地域があるが、この地域は入域許可証が必要なく成田から成都まで直行便があるので簡単に行く事が出来る。

■東チベットについて

チベット自治区以外で個人旅行できるチベットエリアとは?

【中国のビザ】

チベット自治区に行く場合も中国のビザが必要。

中国のビザについては15日間までの中国旅行ならビザが必要なく、それ以上なら必要であり、中国大使館で申請するかビザ代行会社で頼むという形になる。

申請時、顔写真やパスポートを忘れないようにしておきたい。

 

【パスポート】

どんな国に行く場合もパスポートが無ければ海外に行けないので海外旅行する場合は必ず忘れていないか要チェックだ。

パスポートの取得する場合、各都道府県庁の旅券課で必要な書類を提出し申し込み、有効期限5年か10年のものを選ぶ。

(一般旅券発給申請書、戸籍謄本、顔写真、身元確認ができるもの*運転免許証等)

 

【現金】

中国の空港でも日本円から中国元に領外出来るが、成田空港等でも外貨領外できる。

また、中国国内では偽札が広がっているらしく注意が必要だ。

 

【海外旅行保険】

もしもの為に海外旅行保険は必要だ。

特に中国のチベット地域は犬が多い為、狂犬病になる可能性(噛まれたら直ぐに病院に行って注射を打たないと行けない。)や猛烈な冬の寒さにやられ風邪になり体調を崩す、高山病の悪化で病院に行かなければならない、という事もあるのであった方が便利だ。

狂犬病について

『ネパールで犬に噛まれた!~その時何が?』絶対死ぬ狂犬病の症状とは?

【リュック】

チベット旅行は歩きの旅であるため、スーツケースよりもバックパックタイプの方がベスト。

また、例としてボクがチベット旅行に行く場合、リュックとショルダーバッグを使って旅をしている。

 

【衣類】

チベット地域は標高が3000メートルをこえる地域が殆どで、特に冬になると氷点下に達する事があるためセーターや厚手のロングタイツ等があるとベスト。

また、現地で衣類を購入して旅をするという方法もある。(ボクの場合は民族衣装を着て旅をしている。)

 

【靴】

チベット旅行は歩きの旅なので履き慣れたものを選ぶのがベストで、厚手の靴下があれば履いた方がいい。(靴擦れをおこす為)

 

【帽子】

標高が高い為、日差しが強く、チベット人達も民族衣装と合わせテンガロンハットのような帽子を被っている人が多い。

その為日差しを避けるため帽子があるとベストで、防寒着としてニット帽等を被るのもオススメしたい。

 

【歯ブラシ・シャンプー】

成都や康定のホテルに泊まると、備え付けの歯ブラシやシャンプーがあるが、田舎に行けば行くほどホテルの設備が悪くなるため、事前に持って行く事をオススメしたい。

 

【トイレットペーパー】

意外に忘れがちなのがトイレットペーパー。

これも現地で買えるが、トイレットペーパーが備え付けられていないホテルもあるため、あった方が便利。

 

【カメラ】

カメラは旅の想い出に。

ボクは以前カメラを使っていたが手に持つになるため携帯でおさえている。

 

【WIFI】

中国国内でネットを使う場合、日本でWIFIをレンタルし使う事になるが各フリーWIFI提供会社のレンズ料金が違う為、要チェック。

また、中国国内は特定のURL(tibit.など)SNSが使えなくなり、ネット検索も出来ない場合もあるため注意が必要だ。

 

【ガイドブック】

チベット旅行なら、全チベットエリアを網羅している旅行人発行のチベット~全チベット文化圏完全ガイドがオススメ。

チベット自治区、東チベットの他、ラダック、スピティ、ネパール等、秘境チベット情報が事細かく載っている。

 

【会話集】

チベット地域は中国語、チベット語オンリーな世界で、殆ど英語が使えないので現地の人と喋る場合、必要になる。

 

【ボールペン】

中国の出入国の際、必要。また、日記を書いたり、相手に何かを伝える場合、ペンとノートがあると便利。

 

【計算機】

旅の必需品として計算機は便利。

例えば運転手に目的地を伝える際、値段を聞く場合やホテルのチェックインや何かを買う際、計算機があれば事足りる。

 

【電池】

携帯の充電器やカメラの電池等。もしもの為に電池は必要。

 

【まとめ】

先にも言ったがチベット旅行は基本的に歩く方が多い為、動きやすく、荷物が少ない方が旅をしやすい。

また、買えるモノは現地で買って、なるべく現地で消耗した方が帰りもキツくないため、なるべくモノを持って行かない方がベストだ。

秘境チベットは日本では起こりえない事態が様々起こると思うので『もしも』の事態を想定して準備してほしい。

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サイケ・仏Tシャツ・奇抜ファッションなら民族衣装店『カイラス』へ

チベット文化圏を旅する仏画絵師であるボク、宮下拓実は以前ネパールに行った際、ネットショップを作るため買付の旅に出た。

商品は、予め民族衣装にしようと思っていたので繁華街タメルや聖地ボダナートでチベットやネパールの民族衣装を買付てきたが、それ以外にネパールのサイケデリックな仏やヒンドゥーの神々がプリントされたTシャツも買付てきた。

 

日本には中々無いデザインのサイケなTシャツの数々はボクに衝撃を覚えさせ、タメルのとある衣料品店で数多く見付けることに成功した。

 

(実は、この時、タメルの怪しげなネパール人トラと共に行動していて後に付き添い料的なものを請求されるのだった・・)

では、ボクが惚れた奇抜とも言えるサイケなTシャツとは、どういったモノなのか?

 

詳しく説明していこうと思う。

 

因みにネパールには、タメルで出会ったトラという男の他にも怪しげなネパール人が数多く出没し、旅行者を悩ませる存在だ。

(ボクは今まで何度もネパールに行ったが、その度に怪しいネパール人に出会う。)

ここは悪徳ネパール人の巣窟ですか!?『安宿街からダルバール広場で気を付けるべき事』

【サイケって何ですか?】

そもそもサイケって何?

 

って話だが、サイケとは幻覚剤を使用する事でもたらされる視覚的イメージの事を指す・・

 

いきなり物騒な文言だがネパールは、残念な事だが麻薬が横行しているせいか(宗教文化として根付いているものもある)

サイケデリックなデザインのTシャツや壁画をタメルやカトマンズ各地で見ることができる。

 

例えば、ボクが買付てきた仏・神様Tシャツの他にも、マリファナの葉っぱをあしらったモノやザ・サイケと言った染め模様のTシャツの数々がある。

 

また、一体誰が描いたのかサイケな壁画はコミカルな模様、人間の絵がアパートの壁先やレストランの中にあったりする。

 

ネットで調べてみると、余り良い意味でヒットしないサイケという意味だが、ネパールでは、ある種のサイケカルチャーとして混沌とするカトマンズに根付いているのかも知れない。

 

因みにネパールはアジア最貧国の一つで物価も安い事からバックパッカーに大人気な国である。

 

ネパールの驚くべき物価はこちら。

【ネパールの魅力は物価にあり?】いかに安いかがわかる旅行費用大公開!

【民族衣装店『カイラス』にあるTシャツの数々】

まずは、こちらの画像を見て欲しい。

この画像に写っているのはネパールで買い付けてきたTシャツの数々であり、日本では中々見ることが出来ないデザインのTシャツばかりである。

こういったデザインは、やはりサイケカルチャーとヒンドゥー・仏教が根付いているネパールならではであり、日本で入手しようとすると、一部のアジアンショップでしか手に入れられないだろう。

 

しかも、その殆どが1点モノばかり。

 

実はTシャツを買い付けてきた店に、それぞれ1点ばかりあったのと、先ほど紹介したトラが何故だか店員よりも率先して・・

 

「ブッダがある!シヴァがある!ハヌマーンがある!あっ!見て、これ凄い!」

 

等と店内から、われ先にTシャツを掘り出してきたからである。

 

その為ほぼ全てデザインが違うTシャツばかりになってしまったが(トラの押しの強さに負けてしまった!)

 

そのお陰で、ネパールの多様なデザインのTシャツを集められたのではないかと思っている。

 

タメルでTシャツを買い付けた後もネパールの民族衣装を探すべくトラに手伝ってもらい、タメル近くで民族衣装店を発見する事が出来た。

 

民族衣装店『カイラス』ではサイケなTシャツの他にも奇抜ファッション好きにはたまらない?

 

日本では中々売っていないであろうネパールやチベットの美しい民族衣装の数々を見ることができる。

 

因みに何故、民族衣装を買い付けてきたか?

 

 

というとボクが民族衣装好きであり、日常的にチベットの民族衣装を着用しているからである。

だから、その魅力を多くの人に伝えたいと思い『カイラス』というショップを立ち上げたのである。

 

民族衣装店カイラスはこちら

 

【サイケなTシャツの着こなし方】

ボクは元々ファッションが好きなせいか、買い付けの旅の時に個人用のTシャツも買ってきた。

それが画像に写っているブッダが全面にプリントされたTシャツ。

(他にも破壊神シヴァ、女神ドゥルガーのTシャツを買ってきた!)

 

これだけ奇抜なデザインだとTシャツ一枚だけで、スゴいインパクトがあるので、上以外はなるべくシンプルにするのがベストである。

 

 

例えばジーンズやショートパンツ

 

 

Tシャツがあれば、ハッキリ言ってファッションが決まってしまうので、ボトムスは柄モノを避け、主張しすぎないのがいい。

 

アジアンテイストでいくなら、アラジンパンツなどのユッタリとしたパンツがオススメ。

 

因みにTシャツの上に羽織るモノとしてはパーカーなどがいいだろう。

 

やはりシンプルなデザイン・カラーがオススメで、ボクはブッダのTシャツの上に黒い古着のパーカーを着ている。

 

アジアンショップで、よく見かけるネパール製の派手なパーカーもいいが、もしもTシャツと合わせてやるなら、パーカーのチャックを少しだけ締め、チラ見せ程度にする方が無難かも知れない。

 

故に一見奇抜なTシャツも組み合わせ次第で、普通に着こなせると思うので、サイケTシャツを着てみたいけど、着方が判らないという人は、記事を参考にファッションを楽しんで欲しいと思っている。

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【注目】創作衣裳の参考にして欲しいチベットの民族衣装や発想方法とは?

ファンタジー映画やマンガ、アニメとかを見ていると、一体どうやってキャラクターが着るオリジナリティ溢れる創作衣裳を考えているんだろう?

という事を思い浮かべるかもしれない。

 

民族衣装のような服や、奇抜なデザインの魔法使いの衣裳、多国籍軍のような軍服等々・・

映画やマンガに出てくる創作衣裳は実に様々だ。

【創作衣裳の元ネタは?】

ボクは元々漫画家を目指していた事もあり、キャラクターが着る衣裳については意外に簡単に考える事が出来た。

とは、言っても、ボクは元々個性的なファッションが好きだったせいか、キャラクターに着せる衣裳について色々本を読んで勉強してから描くようにしていた。

これは、漫画家になる夢を諦め、画家として活動している今でも言えることで、ボクが描くマンガ仏画に登場する仏達の衣裳についても、元となっているタンカ(チベット仏教画)の影響がかなり大きい。

上がボクが描いているマンガ仏画。下が、その参考にしているタンカ。

因みに漫画家を目指していた頃、キャラクターの服を考える上で、よく読んでいたのがゴスロリの本やパリコレの本、そして超オシャレなヤツらが沢山載っている古着屋の本。

 

こういった本を読んでいると、ファンタジーマンガに使えそうな衣裳が沢山載っていて参考になるし、本に載っている服を少しだけアレンジするだけでも自分だけの創作衣裳を考える事が出来る。

因みに漫画の描き方については、こちらの記事を読んでほしい。

注目される漫画の描き方『個性な絵を描き自分だけの世界観を創る』

また、専門学校時代、軍人達が沢山出てくる冒険活劇のようなマンガを同級生に見せたら

 

「どうやって軍服を考えるの?考えるのが難しい」

 

という意見があった。

 

だが、軍服がボクの中で1番思いつきやすかった。

 

ボクは、不謹慎かもしれないがファッションデザインが洗練されているとも言われるナチス・ドイツの制服(特に親衛隊の制服)が好きで職業訓練学校時代にナチス親衛隊を主人公にしたマンガを描いたことがあるし

 

現在に至るまで、カンプバタリオンや中田商店等の軍装ショップから買ってきたドイツ軍の制服を買い集めている。

 

それはさておき、ナチス・ドイツで登場した軍服の数々は現在の映画やマンガ・アニメに登場する軍隊の制服に大きな影響を与える事になった。

*どういった軍服かは『ナチス親衛隊 制服』

 

と言った具合にググると簡単に出てくる。

 

また、軍服のみならず、ナチス時代に登場した様々な文化?

 

は現在に至るまで様々な映画やマンションで見ることが出来る。

 

有名処で言えばガンダムに出てくるジオン軍総帥が

『ジーク・ジオン!』

と言っていたり(明らかに第三帝国時代の『ジーク・ハイル!やハイル・ヒトラー!を思い浮かべられる。』

 

また、インディ・ジョーンズ/失われたアークや最後の聖戦に至っては、キリストの聖遺物を求め、インディと対決するシーンが登場するが、元ネタはアーネンエルベという組織だろう。

 

アーネンエルベはドイツ発展の為、聖遺物を求め世界中に考古学者を派遣したり、本気でオカルト研究をしたりと、神秘主義者であったヒムラー親衛隊長官の影響が大きい組織であった。

また、ヒムラーは遺伝的研究の為チベットに考古学者を派遣したが、チベットには創作衣裳の元ネタになるような民族衣装を着た人達が現在でも多く見ることが出来る。

因みにヒトラーは聖遺物の他、伝説の理想郷シャンバラを求めたが、詳しい事はこちらに要約しておいた。

伝説の理想郷『シャンバラ伝説』が残る秘境チベットへの大冒険

【チベット民族衣装はファンタジー?】

世界中の民族衣装の中でボクはチベットの民族衣装が大好きだ。

服のデザインをとってみても、どこかファンタジーで、どこか漫画やアニメに出てくる衣裳のようだ。

しかも未だに、こういった衣裳はチベット本土で着られていて、東チベットを旅した時なんて色とりどりの民族衣装を着た人達が数多く見かけた位だ。

チベットの民族衣装が与えた良い例と言えばNHKの大河ファンタジー『精霊の守人』だろう。

 

(初めにお断りしておくが、裏取りした訳ではなく『精霊の守人』を見ていて、そんな感じがした・・という事なので、あしからず)

 

『精霊の守人』に出てくる衣裳は、どこかチベット的で(バルサや月読み師等)正に民族衣装を元に考案したという事が見て取れるというのが、ボクの考えだ。

 

だが、もっと驚いたのはバルサの故郷。

 

カンバル王国の雄大な大自然や村々はネパールのヒマラヤを思い起こさせ、どこか懐かしささえ感じられた。

 

(実は制作にあたりネパールへ取材チームを派遣している。*これは本当!)

 

チベットやネパールには様々な民族衣装があり、現在でも着用され続けているが、どの服も創作衣裳を考える上で外せない服ばかりだ。

■チベット文化圏の民族衣装について

チベタンは帽子がお好き?チベットの民族衣装の着こなし方とは?

特にファンタジーマンガを描く人にとっては、一度ジックリ調べて欲しいと思っているが、漫画家を目指していたボクからのアドバイス。

 

実際にチベットに実際に行ってみる事をオススメしている。(チベットに限らず、海外に)

 

日本国内には民族衣装を特集したイラストレーター、漫画家向けの本もあるし、ネットで調べると沢山の情報が溢れ出てくる。

 

しかし、マンガをかくうえで1番いいのは実際に取材しにいく事だ。

 

『精霊の守人』もそうだが、本当に良い作品を創る上では、衣裳もそうだが世界観や背景等・・

 

沢山の情報が必要だ。

 

その為に、ボクは以前ネパールに行き、数多くの文化を九州し、マンガを描き上げたという事があった。

最終的に、そのマンガはボツになってしまったが、ネパールで得た経験は現在のマンガ仏画に大きな影響と壮大なチベット文化圏完全さのキッカケになった。

因みにチベットの民族衣装は、ボクが運営するチベット民族衣装店『カイラス』で数多く見ることができる。

入り口はこちら

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空を飛んでチベットにやってきた高僧パトマサンヴァパとは一体何者?

チベット仏教の始祖パトマサンヴァパ(蓮華生)は仏教が盛んなチベット文化圏においてグル・リンポチェ(尊い人)と呼ばれる程、チベット人から人気が高い。

彼は有名な死後の様子を表した書物バルド(死者の書)を書いた人物としても知られている。

 

パトマサンヴァパは、このバルドを含めた密教の教えを記した経典をチベット各地に埋蔵した。

 

これをテルマと呼ばれているが、このテルマを発掘し、教えを説いた高僧によってつくられたのがニンマ派と呼ばれている。

その為、パトマサンヴァパはニンマ派の始祖として崇められているのだ。

 

【パトマサンヴァパの生涯】

パトマサンヴァパの『パドマ』とは『蓮華』を意味し、『サンヴァパ』は『生まれた地』を意味する。

その為、『蓮華生』と和訳されるのだが、彼の誕生は、その名の通り伝説的だった。

遥か昔、インドのインドラブーティという王がいた。

 

王は偉大であったが、子が産まれなかった為、何でも望みが叶う如意宝珠を求め、大海原に出て航海に出た。

 

そして、伝説の如意宝珠を手に入れ、帰る道中の事だった。

 

王の目の先には蓮華の上に美しい少年が座っていたのだ。

 

王は、少年に王子になってくれるよう頼み込み、王国に連れ帰ると、如意宝珠によって祝福を受けさせた。

 

その王子が後のパトマサンヴァパである。

 

【大密教行者誕生】

妃を迎えたパトマサンヴァパだったが、ある時ヴァジャラサットヴァが現れ、仏の導きにより、王位を捨て出家する事になった。

その後、様々な修行をへて、密教の力を手に入れ大密教行者となったのである。

 

そのチベット(八世紀公判)は中国とネパールからもたらされた仏教の全盛期を迎え、強大な軍事力を持ち各地を支配していた。

 

この時の王がティソン・デツェンである。

 

王は中国仏教よりも、悟りへと至る道筋をキチンと示したインド仏教を指示し、インド・ナーランダー大僧院からシャーンタラクシタを招いた。

しかし、初めは上手くいかずチベットに招く事が出来なかったが様々な施策により、ようやくシャーンタラクシタを招く事が出来た。

この時のチベット人たちは悟り云々よりも呪術的な力を信仰していたせいか、彼らの事情を考慮したシャーンタラクシタはサムイェ寺建立と密教を広めるため、パトマサンヴァパを呼び寄せる事にした。

この時、サムイェ寺を造っている最中、チベット土着の神々により、元に戻されたりと一向に工事が進展しなかった。

 

そこで、パトマサンヴァパはチベットに神通力で飛んでやってきて、次々に土着の神々を調伏していったのだ。

*土着の神々は、その後、仏教の守護神となり、今でも彼らを見ることが出来る。

チベット仏教における仏達の種類『代表的なチベットの神々とは?』

【チベットに密教を広める】

サムイェ寺を建立すると、ついにティソン・デツェン王に謁見するという機会に恵まれた。

 

しかしパトマサンヴァパは

 

「チベットの王は愚かだが、私は五明に通じている。

だから王は私を礼拝すべきである」

 

一方王も

 

「先に礼をすべきである。」

 

と二人とも挨拶をしなかった。

 

パトマサンヴァパは王の心中を察し、呪術の力で王を調伏させ、礼拝させたという。

その後、王はカシミールからヴィマラミトラを招へい。チベットの若者から翻訳家を育成し、チベットに密教を広めた。

だが、ボン教(チベット土着の宗教)を崇拝する王の臣下が翻訳家を追放するなどして、仏教に対して抵抗した。

 

こうしたチベットの現状を理解したパトマサンヴァパは、密教の教えを理解出来る程では無いというを知り、チベットを去る前に、その教えを各地に埋蔵した。

これが埋蔵経典『テルマ』である。

 

【ニンマ派とは?】

チベット仏教はニンマ派、ゲルク派、サキャ派、カルマ・カギュ派の4大宗派から構成されている。

1番古いのがニンマ派であり、先に述べた通り、埋蔵経典テルマを元につくられた。

また、僧侶が紅い帽子を被ることから紅帽派とも言われ、他宗派と違い肉食妻帯の在家出家者がいるのもニンマ派の特徴だ。

因みにニンマ派の開祖とされているパトマサンヴァパだが、厳密な意味での開祖は存在していない。

 

このニンマ派は4大宗派中で、最も密教色が強く、シャーマ二ズムの伝統を息づくボン教の要素も入っていることから、純粋な仏教では無いと批判される事もある。

 

その批判に対して、対抗したのが14世紀に登場したロンチェン・ラムジャムパだ。

 

彼は教義を整え、ニンマ派の究極の奥義ゾクチェン(大究竟)を書き示した。

ゾクチェンは三部によって構成されているが、要約すると森羅万象は解脱した『心性』であると説く。

 

因みに4大宗派を大きく二つに分けると、ニンマ派(古派)とサルマ派(新派)に区分される。

 

ニンマ派は10世紀以前に成立されたものをいい、サルマ派はそれ以降に成立されたものを指している。

因みに他の宗派についてはこちら

ツァンカパからミラレパまで『謎多きチベット仏教とは一体何なのか?』

ニンマ派の後、サキャ派やゲルク派等の宗派が誕生し、現在のチベット仏教の形をとる事になったからパトマサンヴァパがチベットに与えた影響を大きいと言える。

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