実在した?『智慧の仏』文殊菩薩の伝説とネパール最古の仏教寺院とは

チベットを旅する仏画絵師であるボクが仏達の中で1番好きなのが智慧の仏『文殊菩薩』で何度となくキャンバスに描いてきた。

文殊菩薩と言えば日本の諺『3人寄れば文殊の智慧』の代名詞にもなっている菩薩で

 

 

サンスクリット語でマンジュシュリーという。(チベット名ジャンペーヤン)

 

 

この名前の音写で文殊師利や曼殊室利。

 

 

これを漢訳して妙首、妙吉兆という。

 

 

因みに菩薩は修行中の身であり厳密な意味で仏ではなく、仏と呼ばれるのは悟りを開いた如来だけである。

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【文殊菩薩の図像】

この菩薩の特徴と言えば黄色い身体で右手に宝剣を持ち、左手に般若経を持った姿が特徴的だ。

日本では獅子に乗った姿が一般的だが特に密教が盛んなチベットでは実に様々なタイプが存在する。

 

 

例えば密教の形としてのマンジュヴァジュラ。

 

 

図像は三面六臂で立った姿で描かれ文殊菩薩の特徴である宝剣や蓮華、弓矢、金剛杵、金剛鈴を持っている。

 

 

マンジュゴーシャ(妙音菩薩)は怒りの色である青黒の身体に全ての手に剣を持っている。

 

 

そして一際異彩なのが獅子の頭と三十六の手足を持つヴァジュラハイラヴァ・クリシュナヤマーリ。(ヤマーンタカ)

彼は文殊菩薩の憤怒の化身であり日本では大威徳明王と呼ばれる。

ヴァジュラハイラヴァが化身であると示すように獣面の頭上には文殊菩薩の頭がある。

 

 

サンスクリット語名ヤマーンタカが特定の信仰の対象となった場合ヤマーリと呼ばれる。

 

 

因みに文殊菩薩やヤマーンタカが妃を伴った姿が描かれる場合があるが、これは智慧と方便を示す『ヤブユム』というもので悟りへの道のシンボルだ。

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シンボルと言えば文殊菩薩の持ち物『般若経』もその一つ。

 

 

蓮華の上に乗っている般若経は文殊菩薩の智慧を象徴している。

 

 

冠を被った姿で描かれ事が多いチベットに対して日本ではまげを結った姿の文殊菩薩が多い。

これは密教で陀羅尼という呪文のようなものを唱えて功徳を期待する。

 

 

この呪文は一字~数文字の短い文句で、この文句数とまげの数が対応している。

 

 

実はこのまげの数で文殊菩薩の名称が変わり

 

 

一つの場合『一文字文殊(一髻文殊)』

五つの場合『五文字文殊(五髻文殊)』

六つの場合『六文字文殊(六髻文殊)』

八つの場合『八文字文殊(八髻文殊)』

 

 

という風になって持ち物などが変わっていく。

 

 

この他、僧服をまとった文殊菩薩や大きな青い獅子に座ったものもある。

 

 

また、曼荼羅の中では不動明王のように八大童子(眷属)を伴っている。

請召童子(しょうじょう)

計設尼童子(けしに)

地慧童子(ちえ)

救護慧童子(くごえ)

烏波計設尼童子(うばけしに)
光網童子(こうもう)

無垢光童子(むくこう)

不思議慧童子(ふしぎえ)

が文殊菩薩の八大童子である。

 

【文殊菩薩の功徳】

『三人寄れば文殊の智慧』という風に学問を司る菩薩と思われがちだが、ここでいう『智慧』とは知恵の事ではない。

仏教において智慧とは悟りを開く為のもので、文殊菩薩は中でも優れた智慧の持ち主である。

だが知恵と智慧が混合され、いつしか学問の仏として日本各地で信仰されている。

【文殊菩薩は実在の人物?】

 

 

文殊菩薩は実在したと言われている。

 

 

彼は舎衛国のバラモンの子として生まれ、後に出家。

 

 

釈迦が入滅したのち、ヒマラヤで五百人の仙人に釈迦が残した教えを説いた。

 

 

その後、生まれ故郷に戻りバンヤンの木の下で悟りを開いたと言われている。

 

 

また娑婆世界の東北に菩薩達が住む清涼山という山があり文殊菩薩は、一万の菩薩達に教えを説いたと言われる。

 

 

【文殊菩薩縁の聖地】

ボクがチベット文化圏の中で最も好きな国がネパールだ。

ネパールは中国(チベット自治区)とインドに挟まれ、両国の宗教が混ざり独特な世界を築いている。

至る所に仏教美術が見られボクのような仏画絵師には学びの国であることには間違いがない。

そんなネパールにあるスワヤンブナートは文殊菩薩縁の聖地の一つだ。

伝説では遥か昔ヒマラヤの麓に大きな湖があり、その湖の中の島に咲く蓮華から大日如来が姿を現したという。

 

 

その話を聞いた文殊菩薩は大日如来に敬意を払う為その地に訪れた。

 

 

そこでは湖に住む大蛇に人々が苦しめられていた事を知った文殊菩薩は剣でチョバール山を切り裂いた。

 

 

すると大蛇は湖と共に消え去り人々が住めるカトマンズ盆地が姿を現した。

 

 

文殊菩薩は小高い丘(島だった場所)の上にストゥーパを建設して大日如来を称えたという。

 

 

そのストゥーパがスワヤンブナートにあるものであり、ヒマラヤ最古の仏教寺院とされている。

そんな伝説が残っているせいか周辺にはチベット寺院や仏教美術が数多く見ることができる為ネパールを訪れた際は必ずと言っていいほど足を運んでしまう。

因みにスワヤンブナートまでは繁華街タメルから徒歩30分ほどで行く事ができ、伝説に登場するチョバール山もちゃんと存在している。

 

【文殊菩薩のマントラ(真言)】

チベット人達やネワール仏教徒達は毎日何千回もマントラ(真言)を口ずさみ有名な観音菩薩の『オムマニペメフム』を唱えている。

だがマントラは尊格ごとに種類も沢山あり文殊菩薩にも存在している。

 

そのマントラが

 

『オムアラパチャラ』

 

という。

 

■他のマントラについて

チベット密教パワー炸裂!真言オム・マ二・ペメ・フムって何?

ネパールのチベット仏教の聖地ボダナートではマントラを唱えながら五体投地をしたり、何回も仏塔の周りを回っている姿を見ることが出来る。

 

 

その光景は正に神秘そのもので、今でもあの光景は頭に焼き付いて忘れられない位だ。

 

 

 

秘境チベットに行くと、そんな非日常的光景が沢山見ることが出来るからボクは何度も旅だっている。

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