チベット仏教において仏達のカテゴリーは日本仏教の如来・菩薩・明王・天という四つのカテゴリーと微妙に違っている。
つまり如来・菩薩・明王・天の他に女神・守護尊というタントリズム(密教)が盛んだったインドから影響を受けた神々が追加され、チベット仏教の仏達のカテゴリーは六つに分類される。
さらに師を重んじるチベット仏教では祖師や高僧も仏達動揺崇められ、しばしばタンカ(仏画)や仏像の主人公として登場する。
では具体的にチベット仏教の仏達のカテゴリーとはどういうものなのか?
代表的な仏達と共に紹介しようと思う。
【如来】
如来、つまり悟りを得た仏の中で一番有名なのは仏教の開祖であるゴータマ・シッタールダことお釈迦様であり、彼が開いた仏教はアジア諸国に渡り広く信仰されている。
チベットにおいてもチベットに仏教を広めたパトマサンヴァパと共に篤く信仰され仏像も数多く存在する。
例えば東チベットのラガンにある釈迦如来像はチベットで最も神聖とされ、チベットに嫁いだ唐の文成公主が持参したとされる仏像で、ラガンで実際に目にした時、その聖なる輝きに見とれ、本来撮影禁止なところ写真を撮ってしまったという事がある(その後、僧侶に怒られた)
ともかくチベットでもお釈迦様は一般的な存在だが、密教が盛んなチベットは日本の東寺でも有名な金剛界曼荼羅の中央に坐す大日如来を初めとした五智如来が篤く信仰されている。
■大日如来
宇宙の創造主であり元来太陽神として崇められている。身体は白く智券印を結んでいる。
■阿閦(あしゅく)如来
何事にも動じない、怒りを持って仏法に障害をなすものを滅ぼす仏で身体は青い(仏教において青は怒りの色で、煩悩に対する怒りの意味を持っている)
■宝生如来
黄金色に輝く身体をもち富をもたらす仏
■阿弥陀如来
西方浄土で衆生を救う仏で身体は赤く、チベットでは伝統的な僧形の姿のアミターユスと密教の形としてのアミターバという二つの形を持っている。
■不空成就如来
神鳥ガルーダに乗った姿で描かれる事もある、願を叶えてくれる仏。身体の色は緑で施無畏印を結んでいる。
五智如来の他に衆生の病を治す、日本でも信仰されている薬師如来がチベットでも信仰されている。
薬師如来は身体の色は緑、薬ツボを持っている。
【守護尊】
チベットでは僧侶や寺院が仏教の神仏のカテゴリーの中から一尊を選び出し、自分の護り本尊にするという文化がある。
この護り本尊を『守護尊(イダム)』といい、如来や菩薩達から選び出す場合もあるが、その殆どはインド後期密教経典の一つ無上喩伽タントラの中の神々から選び出される。
■ヴァジュラハイラヴァ
その神々の中で最も異形な姿をしているのがヴァジュラハイラヴァであり水牛の頭に36もの手を持っている。文殊菩薩の憤怒の姿と言われている。
■チャクラサンヴァラ
ネパールやチベットで広く信仰され、ヤブユム(智恵と方便)の状態をとっているチャクラサンヴァラ。
チャクラサンヴァラは青い身体の男神と赤い身体の女神が合わさった姿で描かれ、これは怒りの色の青と愛欲の赤であり、それはつまりマイナス同士は悟りへの道という意味を持ったいる。
■ヘーヴァジュラ
サキャ派の代表的尊格、八面十六臂のヘーヴァジュラは頭蓋骨(カッパーラ)を持ち、右手に不幸のシンボルの動物を乗せた頭蓋骨をもち、左手にそれらを打ち砕く神々を乗せた頭蓋骨を持っている。
■グヒヤサマージュ
秘密集会(グヒヤサマージュ)は後期密教経典『秘密集会タントラ』のイメージが形になった仏であり青黒の身体に三面六臂で妃を抱いた秘密集会阿しゅく金剛がチベットで最も一般的。他にも秘密集会文殊金剛、秘密集会世自在がある。
■カーラチャクラ
チベットの理想郷シャンバラと関わりがあるとされる『時輪タントラ』の尊格カーラチャクラ。カーラは時、チャクラは輪を意味していて四面12の眼、24の腕を持つ青黒い姿で描かれ明妃ヴィシュヴァ・マーターを抱くヤブユムの姿をしている。
【菩薩】
■観音菩薩
悟りへの勇気を持つ者を意味する菩薩は様々な形で表され、その代表的な存在は観音菩薩(四臂観音)で、有名なチベットの真言オムマ二ペメフムの尊格である。
■千手観音
変化観音の一つで千の手で人々を救うとされる尊格でチベット文化圏でよく見る仏の一つ。日本の千手観音との違いは顔の色が赤、緑、白といったカラフルに描かれているところ。
■文殊菩薩
『三人よれば文殊の知恵』という有名な諺の由来となっているのが文殊菩薩(マンジュシュリー)
右手に煩悩を焼き尽くす宝剣を持ち、左手に蓮の上にのっている般若経を持っている。
一般的にはこのスタイルが有名だが、文殊菩薩はこの他にも様々なスタイルを持っている。
■金剛手菩薩
金剛手菩薩(ヴァジュラパーニ)は一見、柔和な菩薩達とはかけ離れているが魔除け的意味合いを持つ菩薩であり、チベット寺院等で金剛手の仏像が鎮座していたりする。
その他、詳しい事は菩薩達を紹介している、こちらの記事を読んでほしい。
【女神】
女神は女神信仰が盛んなインドからやってきた尊格で、多くは恐ろしい姿で描かれ超能力を持ち、空を自由に飛び回るダーキニーや観音菩薩から生まれたターラ菩薩等、様々な種類を持っている。
■ダーキニー
ダーキニーは元々インドの破壊の女神カーリーの侍女であり、血に満たされた頭蓋骨の杯とカトバーンカという生首が突き刺さった槍を持っている。
■ドゥカル
ドゥカル(白傘蓋仏母)はチベット文化圏で人気の女神で彼女の傘の下に入ると病気が治るといわれている。また彼女の下に描かれているのは病気の子供たちである。
■パンテン・ラモ
パンテン・ラモはチベットのラサの守護神とされ青い身体に馬に乗った姿で描かれ、ボダナートのシェルナー・ゴンパにあるマ二車を収めたマ二・ラカンに美しいラモの壁画がある。
■ターラ菩薩
観音菩薩から生まれたターラ菩薩は様々な色で表され、チベット仏教において大変人気な女神。有名なのは白ターラ菩薩と緑ターラ菩薩で彼女たちは衆生を救うため観音菩薩の元、活動しているのだ。
【護法尊(明王)】
チベット仏教においても明王は存在するが日本と名称は違い(意味としては同じだが)護法尊という。
その名の通り仏法を護るボディガード的存在で日本の五大明王のようにチベットでも十忿怒尊という存在がある。
■アチャラ・ナータ
代表的な尊格は日本でもお馴染みの不動明王(アチャラ・ナータ)がいるが、チベット文化圏の国々を旅すると分かるが日本のように、人気があるという訳でもないせいか寺院に行っても仏像や仏画があちこちにあるという訳では無い。
■マハーカーラ
大いなる黒き者を意味する大黒天、マハーカーラはチベット仏教において護法尊の一つでヒンドゥー教のシヴァ神の別名でもある。
■白マハーカーラ
様々な姿で表現されるチベットのマハーカーラの中で最も慈悲深い存在であり像を踏みつけ六本の腕を持っている。白は慈悲のシンボルカラー。
■ハヤグリーヴァ
ハヤグリーヴァのように日本では菩薩に分類される馬頭観音だが、チベットでは明王(護法尊)に分類される仏も存在する。
■降三世明王
サンスクリット語でヴィジャヤ(勝利者)といい東方の守護者であり西方の守護者ハヤグリーヴァとはチベット寺院にて、よく対になって描かれていたりする。チベットの場合、身体は緑である。
【天】
仏達のカテゴリー最下部に位置する天とは、つまり仏法を護る存在であり、元々の由来を辿ればヒンズー教の神々であったものや、チベット土着の神々であったものなど沢山いて、日本と比べると多種多様で異形な神々も存在する。
■四天王
天に属する四天王(毘沙門天、持國天、広目天、増長天)は寺院に行くと六道輪廻図と共に必ず描かれ、美しい壁画を見る事が出来るが、これは四天王が持つ役割である東西南北を守護するという意味を持つことから寺院の東西南北を魔から守っているのだと思う。
■ガルーダ
ガルーダは迦楼羅天ともいい、主に寺院の外壁に美しい彫刻として彫られ、煩悩の象徴であり、犬猿の仲である蛇をくわえた姿で描かれる。
またカトマンズの街角などに、あたかも天使のようなガルーダの仏像があったり、国、地域ごとに姿形が変わる面白い神鳥である。
■チティパティ
墓場の主チティパティはゲームに登場するモンスター、スケルトンのように骨の姿をした神で、夫婦で踊った姿やヤブユムの状態をしながら墓守をしている。
■ガネーシャ
アジア各地で信仰かれているヒンドゥー教の神ガネーシャはチベット仏教でも信仰され知恵や商売を司る。
■ナーガ
チベット寺院の壁画に描かれているナーガもまたヒンドゥー教の神さまで鳥ぞくとは犬猿の仲とされている。
■帝釈天
ヒンドゥー教のインドラの事で阿修羅と戦った戦闘神であり釈迦が悟りを開く為の手伝いを梵天と共にした事で知られる。四天王を配下に持ち須弥山の頂上に住むとされる。
■梵天
ヒンドゥー教の三大神の一人でありブラフマーという。釈迦が悟りを開く手伝いをした梵天勧請という伝説がある。
【祖師】
■パドマサンバヴァ
祖師とは、つまりチベット仏教の宗派の開祖だったり、高僧の事を指し、一番有名な祖師はパドマサンバヴァだろう。グル・リンポチェ(導師さま)と言われチベットで広く信仰されている。
インドからやってきた彼はチベット仏教を広めた立役者であり、伝説的偉業を数々なしてきたチベット仏教界におけるヒーローである。
■ツォンカパ
ゲルク派開祖ツォンカパは乱れきっていたチベット仏教にカツを入れ、密教と顕教(開かれた教え)の融合をはかった人物であり、ゲルク派はダライ・ラマ制度を取り入れ大躍進した宗派でもある。
■ミラレパ
詩人ミラレパは、偉大なヨーガ行者でもあり、カギュ派開祖マルパと共にカギュ派を代表する人物で、彼はマルパに出会う前、呪術を極め悪行を成していたが、マルパと出会ってからは彼の教えの元、様々な理不尽ともいえる苦行をこなし、悟りを開いた人物でもある。
ボクは以前、知り合いのチベット人タンカ絵師に何故人間である彼らがタンカに描かれるのか聞いた事がある。
すると彼は明確に、その答を教えてくれた。
「悟りを開いた者は神仏と同様に崇められる。」
冒頭でも触れたように、『師』を重んじるチベット仏教ならではの発想である。
【ボン教の神様】
チベット仏教第四の宗派ともいうべき土着信仰のボン教の神様に関しても、この記事で載せておく。
ボン教では大きく寂静尊と忿怒尊にわけられ十二儀軌という十二尊の尊格の集団がある。
*以下は十二儀軌の尊格の名称
クンイン
ゲニェン
チャムデン
ドゥンコル
クンリク・ナムナン
クンサン・ゲルワ・ギャンツォ
ナムパル・ジョンパ
メンラ
モンラム・ターイェー
ナムダク・ユム
ユムチェン・シェーラプ・チャンマ
ゲチョ・ナムパルダクパ
参考:国立民族学博物館編 チベット ポン教の神がみ
■シェンラプ・ミボ
ボン教の開祖であり釈迦と同じ地位を占める。釈迦同様、王子として生まれ後に出家、天上へと還るという物語がある。
写真は東北チベットのマルカム・ゴンパで撮影したものでシェンラプ・ミボが悪魔を降伏させた姿ナムパル・ゲルワである。
■テンパ・ナムカ
ボン教の聖人でチベット各地に弟子を育成した人物で後に仏教に出家し、経典を埋蔵しボン教を守った事から崇拝されている。
通常は右手に幡、左手にカッパーラを持つ姿で表されるがテンパ・ナムカの仏画等を見る限り一致しない事が多い。
■シェーラプ・マワセンゲー
マセンとも呼ばれる寂静尊で右手に剣、左手に経典を持つという文殊菩薩と同様の姿をしている。
■クンサン・ゲルワ・ギャンツォ
ボン教版千手観音であり姿もほとんど変わらないが中央の両手で日輪と月輪を持っている。
■ユムチェン・シェーラプ・チャンマ
チャンマ、シェーラプ・チャンマ、ゲルユム・チャムマ・チェンモとも言う十二儀軌の一つ。
ボン教版ターラ菩薩のような女神で右手に壺、左手に鏡を持った姿をしている。
■スィーピー・ギャルモ
チャンマの憤怒の姿がスィーピー・ギャルモで赤いラバに乗った青黒の憤怒の姿をしている。ボン教の神様の中で唯一悟りを開いた神様で、知恵の母、瞑想の神と言われている。
三つの頭に六つの腕を持ち、それぞれ武器を持っている。この武器は貪欲、怒り、妄想の3つの毒を根絶することの象徴である。
■クンリク・ナムナン
右手に旗をもち結跏趺坐で座る十二儀軌の神様の一つ
■タクラ・メバル
タクラ・プティマルポとも言う。紅い身体をした忿怒尊で両手に面白い形をした武器を持っている。
■マギュー・サンチョグ・タルトゥグ
チャクラサンヴァラとヘーヴァジュラが合体したような姿をした尊格でマギュー・サンチョグ・タルトゥグ・マンダラの主尊
■ウェルセー・ガムパ
ボン教版ヤマーンタカとも言うべき尊格で九面十八臂四足でプルプを持ちながら妃を抱いている。
■四天王
ボン教寺院外壁に描かれている甲冑姿の神様が四天王で意味としては仏教版とあまり変わらないと思われる。
【まとめ】
この記事ではチベット仏教における仏達のカテゴリーと代表的な尊格を語ってきたが、チベット仏教寺院に行くと、聞いたこともないような数多くの仏達が登場し、チベットの仏達の多様性を垣間見ることが出来るのだ。(この記事だけでは語れないほど多く存在する)
また、この記事で紹介した仏達の画像の多くはぼくが実際にチベット文化圏に旅をしてきて撮影してきたもので、実物は画像だけでは語れない迫力がある。
ぼくはこれからも旅をするし、まだ見ぬ美しき仏達の壁画、仏像の写真を撮ってくるので、旅をした際この記事にて紹介できそうな仏があればドンドン更新していこうと思うので期待していて下さい。