チベット仏教の始祖パトマサンバヴァ(蓮華生)は仏教が盛んなチベット文化圏においてグル・リンポチェ(尊い人)と呼ばれる程、チベット人から人気が高い。
彼は有名な死後の様子を表した書物バルド(死者の書)を書いた人物としても知られている。
パトマサンバヴァは、このバルドを含めた密教の教えを記した経典をチベット各地に埋蔵した。
これをテルマと呼ばれているが、このテルマを発掘し、教えを説いた高僧によってつくられたのがニンマ派と呼ばれている。
その為、パトマサンバヴァはニンマ派の始祖として崇められているのだ。
【パトマサンヴァパの生涯】
パトマサンバヴァの『パドマ』とは『蓮華』を意味し、『サンバヴァ』は『生まれた地』を意味する。
その為、『蓮華生』と和訳されるのだが、彼の誕生は、その名の通り伝説的だった。
遥か昔、インドのインドラブーティという王がいた。
王は偉大であったが、子が産まれなかった為、何でも望みが叶う如意宝珠を求め、大海原に出て航海に出た。
そして、伝説の如意宝珠を手に入れ、帰る道中の事だった。
王の目の先には蓮華の上に美しい少年が座っていたのだ。
王は、少年に王子になってくれるよう頼み込み、王国に連れ帰ると、如意宝珠によって祝福を受けさせた。
その王子が後のパトマサンバヴァである。
【大密教行者誕生】
妃を迎えたパトマサンバヴァだったが、ある時ヴァジャラサットヴァが現れ、仏の導きにより、王位を捨て出家する事になった。
その後、様々な修行をへて、密教の力を手に入れ大密教行者となったのである。
そのチベット(八世紀公判)は中国とネパールからもたらされた仏教の全盛期を迎え、強大な軍事力を持ち各地を支配していた。
この時の王がティソン・デツェンである。
王は中国仏教よりも、悟りへと至る道筋をキチンと示したインド仏教を指示し、インド・ナーランダー大僧院からシャーンタラクシタを招いた。
しかし、初めは上手くいかずチベットに招く事が出来なかったが様々な施策により、ようやくシャーンタラクシタを招く事が出来た。
この時のチベット人たちは悟り云々よりも呪術的な力を信仰していたせいか、彼らの事情を考慮したシャーンタラクシタはサムイェ寺建立と密教を広めるため、パトマサンヴァパを呼び寄せる事にした。
この時、サムイェ寺を造っている最中、チベット土着の神々により、元に戻されたりと一向に工事が進展しなかった。
そこで、パトマサンバヴァはチベットに神通力で飛んでやってきて、次々に土着の神々を調伏していったのだ。
*土着の神々は、その後、仏教の守護神となり、今でも彼らを見ることが出来る。
【チベットに密教を広める】
サムイェ寺を建立すると、ついにティソン・デツェン王に謁見するという機会に恵まれた。
しかしパトマサンバヴァは
「チベットの王は愚かだが、私は五明に通じている。
だから王は私を礼拝すべきである」
一方王も
「先に礼をすべきである。」
と二人とも挨拶をしなかった。
パトマサンバヴァは王の心中を察し、呪術の力で王を調伏させ、礼拝させたという。
その後、王はカシミールからヴィマラミトラを招へい。チベットの若者から翻訳家を育成し、チベットに密教を広めた。
だが、ボン教(チベット土着の宗教)を崇拝する王の臣下が翻訳家を追放するなどして、仏教に対して抵抗した。
こうしたチベットの現状を理解したパトマサンバヴァは、密教の教えを理解出来る程では無いというを知り、チベットを去る前に、その教えを各地に埋蔵した。
これが埋蔵経典『テルマ』である。
【ニンマ派とは?】
チベット仏教はニンマ派、ゲルク派、サキャ派、カルマ・カギュ派の4大宗派から構成されている。
1番古いのがニンマ派であり、先に述べた通り、埋蔵経典テルマを元につくられた。
また、僧侶が紅い帽子を被ることから紅帽派とも言われ、他宗派と違い肉食妻帯の在家出家者がいるのもニンマ派の特徴だ。
因みにニンマ派の開祖とされているパトマサンバヴァだが、厳密な意味での開祖は存在していない。
このニンマ派は4大宗派中で、最も密教色が強く、シャーマ二ズムの伝統を息づくボン教の要素も入っていることから、純粋な仏教では無いと批判される事もある。
その批判に対して、対抗したのが14世紀に登場したロンチェン・ラムジャムパだ。
彼は教義を整え、ニンマ派の究極の奥義ゾクチェン(大究竟)を書き示した。
ゾクチェンは三部によって構成されているが、要約すると森羅万象は解脱した『心性』であると説く。
因みに4大宗派を大きく二つに分けると、ニンマ派(古派)とサルマ派(新派)に区分される。
ニンマ派は10世紀以前に成立されたものをいい、サルマ派はそれ以降に成立されたものを指している。
因みに他の宗派についてはこちら
ニンマ派の後、サキャ派やゲルク派等の宗派が誕生し、現在のチベット仏教の形をとる事になったからパトマサンバヴァがチベットに与えた影響を大きいと言える。