日本の寺院仏閣で祀られている四天王像に踏みつけられている邪鬼の姿を見かけるが
実は日本独自の四天王の表現方法であるということをご存知だろうか?
四天王の姿を多く見ることが出来るチベット文化圏の国々では四天王の表現方法が微妙に違うのだ。
【チベット寺院の東西南北を守護する四天王達】
ボクは仏教美術を求め、よくチベット文化圏の国々を行くのだがチベット仏教美術の宝庫ともいえるゴンパ(チベット寺院)に入るとまず最初に目にするのが寺院の壁に描かれた四天王の壁画だ。
ゴンパに四天王の壁画が描かれているのはチベット寺院の東西南北を守護する役目を持つ為であり、日本でいう平安京の東西南北を邪鬼や悪霊から守護する存在として四聖獣(青龍、白虎、朱雀、玄武)と同じ役割を持っているのだ。
四天王というのは元々インドの神々にルーツを持ち、魔神や邪鬼達を戦車に乗って倒す武勇神インドラ(帝釈天)配下の神々でありインドラが住む須弥山中腹の東西南北に住んでいるとされる。
では具体的にチベットの四天王と日本の四天王、一体何がどう違うのか?
日本とチベットの四天王の特徴の違いを見ていこうと思う。
■多聞天(毘沙門天)〈ヴァイシュラヴァナ〉
北方を守護する四天王で知られ七福神の一人として日本で広く信仰されている。多聞天(毘沙門天)は夜叉や羅刹を率いた武勇神であり仏法を広く聞かせる役割を持ち聞くとし聞くことを全て智恵に変えるとも言われる。
日本での多聞天の表現方法としては身体は青、槍(又は独鈷杵)を持ち宝の象徴として宝塔を持っていて邪鬼を踏みつけている。
チベットでは身体は黄色でやはり宝の象徴として宝を吐き出すマングースと勝利の幡を持っている。またジャンバラという財宝神と同神と考えられる事もある。
■持国天〈ドリタラーシュトラ〉
時国天は東を守護する四天王で国家安泰を護り人々が地獄に落ちないよう天上から見ているとされている。
時国天の仏像表現様式として武人の姿で表し剣や何でも願いが叶うとされる宝珠を持っている。身体は緑で邪鬼を踏みつけている。
チベットでは緑ではなく白い身体を持ち微笑みながら琵琶を弾いている。
■広目天〈ヴィルーパークシャ〉
西方を守護する四天王で「浄天眼」つまり千里眼のようなものを持ち世の中を観察し人々を導く存在として知られ龍族(ナーガ)を眷属としている。
*ヒンドゥー教から取り入れられたナーガについて
身体の色は肌色や白で表し四天王の中で筆や巻子を持つ事が多い。
やはり他の四天王同様邪鬼を踏みつけている。
チベットでは身体は赤く右手に仏塔、左手に蛇を持っている。
蛇を持っているという事は恐らく煩悩(蛇)を握りつぶすという意味合いであり仏塔は仏陀の象徴を意味しているのだろう。
チベットでは仏陀の骨(仏舎利)を祀ったストゥーパ(仏塔)が多く広く信仰されている。
■増長天〈ヴィルーダカ〉
南方を守護する四天王で五穀豊穣を司る神様であるが出自や特徴が不明な所もある謎多き四天王だ。
武人の姿で赤っぽい身体を持ち槍や剣等を持ち武装し邪鬼を踏みつけている。
チベットでは青い身体で剣を持っている。
因みにチベット仏教の神々が持つ持ち物についてはこちらの記事を参照
以上のように日本とチベットの四天王の違いは身体の色や持ち物の違いはあれど決定的に違うのは邪鬼を踏みつけているかどうかだろう。
日本では邪鬼を踏みつけている四天王像が一般的であるがチベットでは邪鬼というのを踏みつけていない。
一体何故なのか?
そこには日本とチベットの文化的背景があるのだと思う。
【日本の鬼信仰】
「福は内、鬼は外」
子供の頃、2月の節句の行事で鬼のお面を被った大人達に向け皆で豆をまいた事がある。誰でも経験した事がある豆まきであるが、これは鬼信仰が盛んな日本の伝統行事ともいえよう。
諺でも『鬼に金棒』『鬼のいぬまに洗濯』『鬼の目にも涙』等、鬼という諺を持つワードが幾らでも出てくるし地獄の獄卒や日本昔話でも鬼がよく登場する。
日本では『鬼』が身近でよく信仰の対象とされる事もあるが元々は中国から取り入られた物だ。
中国での鬼は祟る存在として描かれ悪霊や魂等、見えない力『気』の中で最も悪い物『鬼(キ)』が考えられた。
その鬼が出入りするのが鬼門(北東の間)であり、様々な厄災が流れる方角として嫌われ日本では鬼門がある十二方位の『丑』と『寅』の間『艮(うしとら)』にあたる。
だから鬼が虎の褌をしているのは『艮』に掛けたからなのだ。
また日本の鬼のイメージは空海が持ち込んだ密教の中で登場する不動明王といった鬼のような仏達からやって来ているのだ。先ほども述べたが中国の鬼は霊的なエネルギーであり、言われる日本の鬼や邪鬼、獄卒といった姿で表される事は無い。
そんな中国の仏教から取り込んだ日本の宗教・文化的背景があったからこそ日本の四天王は邪鬼と呼ばれる鬼が踏みつけているという事なのでありチベットの四天王図には邪鬼が描かれる事が無いのである。
【チベット仏教の鬼達】
ボクは以前『世界絵画大賞』でチベット仏教のチャクラサンヴァラという尊格を描き賞を頂いた事がある。
その関係で地元の市長と会うことになったのだが一緒にいた市議会議員が
「青鬼だ。」
と一言放った。
ボクは青鬼を描いたつもりは無かったがチャクラサンヴァラという尊格が青鬼に見えたのだ。
チベット仏教の尊格を知らない人が尊格を描いた仏画を見ると『鬼』と勘違いするほど異形の仏達が存在する。
例えば以前東チベットのラガン・ゴンパでヴァジュラハイラヴァという仏の壁画を見た事がある。
ヴァジュラハイラヴァは文殊菩薩の化身であり水牛の頭を持つチベット仏教で最も異形の仏であろうが、その姿は地獄で罪人達を苦しめる獄卒そっくりである。
因みに青という色は仏教において憎悪を意味し、それを調伏(従わせる)する意味合いもあってかヴァジュラハイラヴァやチャクラサンヴァラといった尊格の色は青だといえよう。
またチベット仏教、日本仏教共に考えられる仏教思想の一つ、六道輪廻の世界を描いた六道輪廻図では巨大な鬼が描かれている。
チベット文化圏の国々に行くと信仰心高いチベット仏教徒が多くいて彼らは毎日人物に祈りを捧げ極楽浄土に向かった魂に鎮魂歌とも言うべきマントラ(真言)を何千回も唱えている。
彼らが毎日お祈りに訪れるチベット寺院には四天王の壁画と共に六道輪廻図が描かれる死後の世界の存在が視覚的に叩き込まれる。
チベットにおいて鬼の存在は日本程身近では無いがチベット寺院の美しい壁画の中で彼らは登場し旅人にチベット仏教の宗教感を感じさせてくれるのだ。