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チベットに未来はあるのか?遠く離れた日本で思うこと。

ボクが初めて東チベットに行って思ったのが公安警察がやたらと多かった事だ。

特にカンディンを抜け、タウ辺りまでくるとパトカーの数が一段と多くなる。

 

東チベットの町を歩けば必ずパトカー1台は止まっていて、何処かしこでサイレンが鳴り響いている。

 

何を言ってるか判らないが警官達はチベット人に職務質問のような光景も目にしたりするし、集団でいると警官によって解散させられたりする。

これが東チベットの風景だ。

 

 

一方チベット人達はというと、抗議をしたり・・

という事は無かった。

 

チベット人に対して目に見えない形で抑え込んでいるのか、それとも仏教の精神にのっとりあえて抗議しないのかボクには判らないが、少なくとも東チベットの人達は余りイキイキしていなかったように感じられた。

 

一方ネパールやラダックのチベット人達は、まるで正反対だったが。

 

ボクはチベット文化が好きで、チベット文化圏の国々を旅しているが初めての東チベットは中国共産党に支配された国といった印象だった。

 

街中、中国語の看板で溢れかえり町そのものは発展しているかのように見えるが、これはそもそも本来の姿ではない。

中国政府は西部開拓の名の元にチベットを発展させようとしているが、実際チベット人が恩恵を受けることは少なく、チベットになだれ込んだ漢民族ばかりが恩恵を受ける不条理な世界・・

 

それがチベットだ。

 

最近ネットでラルンガルゴンパで1000人もの僧侶を追い出し、僧房を破壊されている、という記事を読んだ。

中国政府は膨張するラルンガルゴンパを以前より警戒していたみたいだが、とうとう実力行使に出てしまったのか・・

 

追い出された僧侶達の行方は?

 

彼らが一体どうなったかボクには分からない。

だがチベット亡命政府が言うように恐ろしい拷問や屈辱の数々が、チベット人達に待ち受けているとしたら恐ろしい事だ。

 

誰にも気付かれず、知らないところで・・

 

ボクは常々疑問に思うのだけれど、どうして日本政府は中国の蛮行を報道しないのだろうか?

やっぱり日中関係を悪化させたくない為?

良好な関係を築いて、中国のご機嫌をとるため?

 

・・・

 

スネ夫かよ!?

 

 

正直中国はジャイアンだと思う。

 

チベット問題しかり、ウィグルや内モンゴルの事や東シナ海の領有権問題も、中国のジャイアン的発想が全てを招いた事だ。

つまり

オレのものはオレのもの、お前のものもオレのもの。

 

意味が分からない(´Д`)

 

一方チベットはボクから言わせれば、のび太だ。

 

いつもジャイアンに虐められているのび太。

 

マンガを取り上げられ、反抗しようとしてもジャイアンにボコボコにされドラえもんに泣きつくしまつ。

 

だがチベットには頼れるドラえもんがいない。

 

搾取する側と搾取される側、この関係がいつまでも続いている。

 

この関係・・

 

どうにか出来ないのだろうか?

 

 

やられてもやり返すな。人を重んじ、慈しめ。

こういう仏教の考えは分かる。

 

でも本気で変えたいなら、仏教的思想や他国に訴えるとかではなく、実力行使しか道はないだろう・・。

 

いや、もしくはアラブの春のようにネットで訴えかけ独裁への反乱運動が広まるという事もあるかも知れない(当然海外で、という話だが)

 

そんな事が起きて欲しく無いのなら中国政府はとっとと、チベットを自由にさせる!

それしか無い。

 

何故なら、それがチベット人の願いなのだから。

 

チベットから遠く離れた日本からチベット復活を願って。

 

フリーチベット!!

 

 

Eメール *

人間関係に疲れたら海外一人旅に出るべき理由とは?

『会社イヤだ。人間関係辛い。行きたくない。』そんな人が多い世の中だからこそ、ボクは海外一人旅を提案している。

生きていく上で最も気を使うのが人間関係だ。

特に会社は人間関係無くして成り立たないもので、人間関係が築けなかったり、仕事内容がキツかったりすれば会社を辞めてしまう事になるだろう。

ボクも会社に行くと人間関係や、やりたくも無い仕事ばかりしてストレスが溜まってしまうことがある。

 

 

そんな時の解決方法が海外一人旅だ。

 

【ボクが海外一人旅に出た経緯】

 

ボクは以前漫画家を目指し、漫画の専門学校に行ったが担当編集者がつかない状態で卒業し、収入を得るため漫画とは関係ない仕事をする事になった。

例えばカメラのレンズを作る会社や食料品会社等だが、どれも長くは続かなかった。

特に工場関係の仕事というのは、ライン作業や同じ作業内容ばかりで

「自分は一体何のために生きているのか?こんな仕事やってもヤリガイがない・・。」

そう思いながら働いている毎日だった。

かつ、ボクが働いていた、とある食料品会社では神経質で仕事熱心で突然悪態をつく、ある先輩がいた。

そんな性格だから皆から嫌われていて、当然ボクもイヤで毎日彼と働く事でストレスが溜まっていった。

 

だがボクな辞めなかった。

 

理由はネパールへ海外一人旅するという目標があり、ネパール旅行資金の為に会社で働いていたからだ。

だから辞めるわけにはいかなかった。

 

「会社へ行けば、海外に行ける!!」

 

ボクはそんな風にしてモチベーションを保ちながら人間関係や仕事を続けていったのだ。

海外に行ったことの無い人からみたら

 

「恐くないの?一人で大丈夫なの?」

 

と思うかもしれない。

しかしボクには自信があった。専門学校の修学旅行で台湾を一人行動した時、問題無いと感じたからだ。

 

国は違っても同じ人間。

 

そう思ってからは海外への恐怖というのは無くなったのだ。

 

だからボクはネパールへ行った後も様々な国を旅し、そこで感じた事を絵にするという事を続けている。

*漫画家の夢はいつしか挫折してボクは現在絵を描いている。

 

そしていつしか海外に行く事がボクのライフスタイルになったのは間違いがない。

 

特にチベット文化圏の国々は最高でボクはこれまでネパールやラダック、チベット等を旅してきたが、その理由は次の章で語るとする。

 

【海外へ行くべき理由とは?】

では海外へ行って何か意味はあるのか?

 

と言えば、ちゃんと理由はある。

 

海外の環境は日本とは全く逆の状況で日本には無い文化、美味しい食べ物、絶景スポット等、見るもの全てが新鮮で会社でのイヤな日々が報われるからです。

 

会社で働いて行くには、何か目標が無ければ続く事が出来ないと思う。

 

目標が無ければ人間関係に疲れたり仕事内容に疲弊して辞めてしまうためボクは会社に行くという目標を作り、働いていたのだ。

 

ボクは会社がどんなに忙しい状況でも海外に行く。

 

会社側からしてみたら、はた迷惑な話かもしれないが、会社に気を使い過ぎると何も出来なくなってしまう。

 

ようは自分が何をやりたいのか?何のために働いているのか?

 

を認識していれば、人間関係を築けなくても、仕事内容がキツくても目標に向かい仕事を続けることが出来るのです。

だがもしも、それでも人間関係がダメだ。仕事がキツイと思うのであれば、そんな会社辞めてしまえばいいのだ。

 

ストレスが溜まった状態が続けば、最悪引き籠もったり、働き続けて自殺するなんて事が普通にある。

 

こんな状況を作っている日本のストレス社会に問題があるためボクは海外の方が好きなのだ。

 

海外に行くと日本とは違いゆっくりと時が流れているように感じる事がある。

 

日本のように忙しない、時間に追われる日々ではなく、マイペースな人が多いのも特徴だと思う。

 

特にインド・ラダック地方はボクが今まで行った中で最高の場所で、人々は皆優しく、チベットで失われつつあるチベット文化や宗教が残されていて美しいチベット美術が至る所に残されている。

ボクはラダックでチベット文化の美しさにはまりネパールでチベット文化の一つタンカ(仏画)修行の旅に出てしまうなど大きな影響を与えた地でもある。

 

よく“インドは人生観を変える”とちまたで聞くことがあるが、本当にその通りだとラダックの旅を通して感じてしまった!!

 

だから、もしも人間関係に行き詰まり仕事を辞めたい!

 

っと思うのならインドに行く事をオススメする。

 

神秘の国インドには本当に人生観を変える出来事が貴方を待っているからだ。

またラダックを含むチベット文化圏の国々(ネパールやチベット等)は日本では味わえない絶対的な非日常世界が貴方を待ち受けているのは確かで、漫画やアニメの中でしか見られないような世界やRPG世界が実際に存在し、その雰囲気を味わうだけでも価値はある。

海外には自分の価値観をぶっ壊す出来事が沢山待ち受けているため、是非人間関係に疲れたら海外に行ってカルチャーショックを受けに行ってみたらどうだろうか?

Eメール *

脱ニート化するためには発想の転換にアリ?『ニートを取り巻く多数派社会ニッポンの闇』

ボクの友人に日本で社会問題になっている『ニート』の友人がいる。

二ートとは仕事をしないで家に引きこもっている人を一般的に指すが彼らを『脱ニート化』させるのは可能なのか?

とボクは友人に会う度思うのだが結論から言えば何かきっかけがあれば脱ニート化するのは可能なのだと思う。

 

そもそも何故ボクの友人に働かないのか?

 

と直接聞いたことがある。

 

すると彼はこう答えたのだ。

 

 

「やりたい事が分からない。」

 

 

そう

 

 

彼が働かないのは至極命直であり自分のやりたい事が自分の中で完結出来ていないのだ。

だが彼が二ートになっているのは話を聞いているとそれだけではないように感じる発言も多々見受けられた。

ボクはチベット仏教美術を求め主にネパールやインド、チベット等を旅しているがボクの友人に

 

「インドに行ってきたらどうだ?」

 

と言ったことがある。

 

すると彼は

 

「今さらインドなんて・・」

 

「・・・」

 

ボクは言葉を失った。

実は僅か半年前位にボクが来年東チベットに行くから一緒に行こう!

 

と誘った事がある。

 

すると二ートの彼は

 

「いけるかどうか分からない。」

 

と答えたもののボクから東チベットや現地の物価や移動費の事とか色々聞き

 

「パスポートを取らないと・・」

 

と前向きな発言もあってかボクはもしや一緒に東チベットに行く事になるのではないか?

 

期待を胸に抱いたのだが現実は違った・・。

 

彼は東チベットに行くお金を稼ぐ事が出来ず脱ニートになることが出来なかったのだ。

聞くところによれば東チベット旅行計画を立てたものの僅か3時間のバイトだけやって、その月の収入は終わったのだ。

 

残念だった。

 

ボク一人で東チベットに行き広大なチベットの山々の下で数々のチベット仏教美術を見て、その美しさに感動を覚えるのだったが

旅で得た情報や出来事はどんなにブログで語ったり実際に旅話をしても、その感動を100パーセント伝えるのは不可能に近い。

だからこそボクは彼に脱ニート化出来るきっかけを作りたいのだが中々現実は難しいようだ。

 

ただ難しいからといって突き放すのも良くない。

 

二ート問題と同じように社会問題となっている『ごみ屋敷』を例に出すと彼らの話を聞くところ

何故ごみ屋敷化したのか?

 

それは肉親の死や事業の失敗など強いショックがきっかけで何も手が付けられず『ごみ屋敷化』してしまうのだ。

だが家族が声をかけている内はまだいい。

 

もし見捨てられたら完全に社会から孤立し孤独死してしまうのは目に見えている。

 

二ートの話を戻すとボクが友人に声をかけ続けているのは何かをきっかけに自立してほしいと願っているのかも知れない。

もし彼がこのままの状態が続けばどうなるか・・

 

それは

 

 

 

 

破滅する!

 

 

 

 

そう

 

 

 

破滅は免れない。

 

 

親はいつまでも居るわけではない。

 

 

いつかは死んでしまうのだ。

 

 

そうなる前に何かお金を稼ぐ手段を考えておかないと脱ニートどころの話だけでは済まなくなる。

 

ともいうボクも会社で働き続けられない人間であり会社で働かなくていい方法を常に考えている。

 

ボクがこの社会に疑問を持ったのはかれこれ中学校時代にさかのぼる。

 

当時ボクは美術部に所属し漫画家を目指していたせいか、絵が上手なヤツという評判がクラスに蔓延していた。

 

 

だがそれが仇になった。

 

 

ボクは元々自由主義で自分の描きたいものだけ描きたい。

 

そんな風に考えていたのだが、体育祭が夏休み明けに始まる前に様々な準備をしなくてはいけなかった。

 

 

その一つがパネル製作だ。

 

 

パネルとはいわゆる赤組や白組等の応援席の後ろに設置する巨大な絵の事で各組ごとに絵の内容はあらかじめ決められていた。

 

ボクが所属していたのは青組で絵の内容は青竜と決まったのだが夏休み中に絵を描くチームを決めなくてはいけなかった。

 

クラスで話しあったが立候補する人間は一人もいなく先生の判断で多数決で決まる事になった。

 

 

そしてボクは彼らの標的になり無理矢理パネル係になったのだ。

 

 

ボクはこの時、社会の仕組みみたいのを子供ながらに理解した気がした。

 

 

結局の所、多数派が勝利する世界であり常識とは多数派が創り出した幻想なのだ。

 

 

 

たとえイヤだ、間違ってるといっても『常識』の中では通用しない。

 

 

 

それが『日本』という国。

 

 

 

ボクはイヤイヤパネル係になり作業にあたったが、全くやる気はしなかった。

 

後にそんなやりたいようにやれない社会に疑問が強くなり中学校卒業後、地獄の訓練校脱走事件や自殺未遂、引きこもり等に繋がるのであった。

 

ただ訓練校卒業後は会社で働き、お金を貯め漫画専門学校に入学し、その後は世界中を回りネパールで仏教画の修行をする事になった。

 

その後ネットで絵で食べているという『世界画家旅人』のzinさんと出会い、会社に行かなくていい方法を教えてもらった。

 

 

ボクは常に未来を変えるために何かを考えている。

 

 

ボクがこう考えるようになったのは、ハッキリ言ってしまえば会社に行きたくないからだ。

つまり会社に行きたくないのなら行きたくないなりに一人でやっていける方法を考え続け、実践する事で未来が変わるのだ。

 

 

だが

 

 

世間では会社に行きたくない。

 

 

といってるのに行動していない人達が殆ど。

 

 

行動しないのに会社行きたくない!ではいつまでたっても変わる事が出来ない。

 

 

 

その事に気がついた時ボクに道が開けたような気がしたのだ。

 

 

 

それに人生は1回きり!

 

 

 

面白おかしく生きた方が人生を豊かにすると思うのだ!

 

 

話しがだいぶそれてしまったが脱ニート化させるためには目的意識を抱かせる事が出来ればニートから脱出できると思うのだとボクは思っている。

 

だからボクは二ートの友人に会う度に近況を聞いたり将来どうするのか?ボクがしてきた事等を常に話すようにしている。

 

そうしている内にもしかしたら彼の中に目的意識が生まれ脱ニート化出来るのでは無いか?

 

 

とボクは脱ニート化計画を粛々と実践しているのだ。

 

 

Eメール *

中国チベット問題を日本でシミュレーション『その時、日本で一体何が?』

中国・チベット自治区は『チベット』という一つの国であったのはご存知だろうか?

1950年代に中国がチベットに侵略した事をきっかけに現在に繋がるチベット問題が起き、チベット人達が不遇の思いを強いられている事実があるのだ。

ボクはチベット文化圏の国々を回る内に『チベット』の歴史や文化的背景に興味を持ちチベットについて調べていく内にチベット本土では中国共産党によるチベット人に対する恐ろしい仕打ちの数々が露わになった。

現在チベットでは人権問題、宗教弾圧、領土問題等数々の政治的問題があるが日本人であるボクたちがチベット問題の現状を聞いてもピンとこないと思うのでボクはチベット問題をもっと身近に捉える為・・

 

チベットを日本に置き換えシミュレーションしようと思う。

 

始めに言っておくが、このシミュレーションはボクの独断と偏見の眼差しで書き『チベット問題』について知って欲しいと書いているものでボクが中国が嫌っているとか極端な左翼思想をもっているとかという事ではない。

 

ボクはチベットで起きている現実を多くの人に知って欲しいのだ。

 

【中国に侵略される日本】

 

某日突如日本海沿岸から中国人民解放軍が進行し自衛隊やアメリカ軍の防衛も虚しく、あっという間に日本は制圧されてしまった世界。

日本政府は当然国連に中国による侵略について提訴したが議題に上がることなく日本政府の訴えは無視された。

翌年『日本解放』に関する『17条協定』が北京で調印されると、日本はこれをもって中国の支配下になった。

 

一体にこの時何が起きたのか?

 

とある大臣が中国の圧力の中、総理大臣や天皇陛下の知らない内に17条協定を調印してしまい国会は紛糾。

日本を守るはずの自衛隊は中国軍に編入され自衛隊は消え去った。

 

日本国民は中国の侵略に怯える日々が続いているのだった・・。

 

*17条協定とは中国人民解放軍が進駐するかわりにダライ・ラマやパンチェン・ラマの存続や言語、宗教、文化を遵守するという内容であるが後々意味を持たない文言になる。

 

独立を目指す日本人たちは軍事拠点である日本進駐軍から多数の武器や資金援助を行い、日本騒乱が発生。

 

日本騒乱は四年にも及び多数の日本人が死んでいった・・。

 

当然このような現状では日本人の精神的主柱『天皇陛下』も危うくなり天皇とその一行は中国監視下の中、命からがら親日国に亡命し日本亡命政権を樹立した。

天皇が亡命すると日本は正式に中国・日本自治区になり中国がおさめる事になった。

ただ日本自治といっているものの自治区の権限をもっているのは中国共産党員であり日本人ではなく、ただのお飾りのような存在に・・

 

天皇が亡命すると『17条協定』は破棄され中国による人権無視や文化破壊の数々が始まるのだった。

 

【中国の日本文化破壊】

 

中国が日本を侵略したら一体何が起こるのだろうか?

 

それは文化破壊である。

 

チベットでは毛沢東による文化大革命時、多数のチベット寺院が破壊されチベット人達が虐殺された。

信仰心の薄い日本人からしたら寺院が破壊されても精神的苦痛になるなんて事はないだろうがチベット人にとって寺院はチベット文化の中心として、その役割を果たしチベット人の精神的支えなのだ。

では日本人にとって変わると一体何なのだろうか?

 

 

それは恐らく・・

 

 

米である。

 

 

米が稲作文化の日本を支え日本人に愛される食べ物であることは間違いがない。

ボクも米は好きだが、それが突然制限されたら如何だろうか?

 

例えば1か月一合だけ。

 

米の制限は精米業に携わる人々に大打撃を受け、餅米を使うお鏡もちの生産は大激減。

正月からモチが消え、精米業や米を原料にする食料品会社は次々に廃業。

 

こうして日本の食文化は抹殺された。

 

次に起きるのは何だろうか?

 

自治区になった日本に訪れる脅威。

 

中国人の流入だ。

 

多数の中国人が日本に定住し中国語の看板が立ち並ぶ中国世界になってしまうのだ。

ボクは東チベット・カンゼに行った際、侵略されたチベットの現状を見てきた。

中国語の看板が溢れ、チベット人たちを監視するため公安警察が巡回する現状。

これがもし日本で起きたら恐ろしい事になるのは間違いない。

文化・宗教のみならず中国人の流入により同化政策が始まり学校では日本語の教育より中国語の教育が重視され歴史教育も見直され、中国主導の歴史観に改変される。

そして日本独立、天皇陛下万歳と叫ぶ日本人は例外なく収容所に連行され人権無視の拷問が行われるのだ。

また日本人に馴染み深いSNSやインターネットは制限され言論の自由は奪われる。

例えば東チベットを旅した際、インターネット接続をしたのだがSNSや検索する事は出来ず、サイトを開けたとしてもチベット関連のサイトは開けないとかそういった事が起きた。

中国に侵略された日本において、こういった現状に不満を持ち海外へ亡命しようするが当然中国の中では違法行為。

海外へ亡命しようとするなら沿岸警備隊に発砲され銃殺されるか収容所に連行され拷問されるかなのだ。

それでも逃げることが出来た日本人は亡命政権下の街で

「フリー・ジャパン!!」

と叫びながら暮らしていく事になる。

 

そして多くの日本人が去った日本では同化政策が進み巨大なビルがたち始め経済が中国人や一部日本人が潤う一方、経済的恩恵を受けない日本人が多数出現し環境問題として多数の森林が伐採され希少な動植物が消えることになる。

これが2000年に始まった西部大開発で経済発展が遅れているチベット等の西部内陸部を開発する一大プロジェクト。

有名な青蔵鉄道が2006年に開通したが多くの中国人が流入した一方、経済的恩恵を貰えないチベット人が多いの事実。

 

次第に不満を持つ日本人の間で武装蜂起が始まり再び日本騒乱が始まるのだった・・。

 

ボクが書いてきたシミュレーションでおかしな点は多々あるとは思うが現実にこのような事が起き、チベット本土に暮らすチベット人たちは毎年のようにネパールやインドに亡命しているのが現実なのだ。

 

ボクはダライラマの復権とチベット独立を願わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Eメール *

チベット仏教の聖地のストリートチルドレン『旅行者は物乞いにどう接すればいいのか?』

世界的に問題になっているストリートチルドレンの子供たち・・。

彼らはチベット仏教の聖地ボダナートでも見かけボクのような旅行者を見かけると、小さな手を差しだし

 

「マニー・・マニー・・」

とか細い声で話だし、いつまでも着いてくる。

日本でも路上生活者の問題がニュースに上がる事があるがネパールやインドに行くと、日本の比ではない位の物乞い達が街角で路上生活をしているのだ。

 

・・世界の悲しい現実だ。

 

ボクは初めてネパールに訪れた際、彼らの存在を知りカルチャーショックを受けたことがある。

当然だ。

平和な日本で生きてきてストリートチルドレンや物乞い達の存在等、目にしないし話になることもない。

だがネパールやインド、アジア等では当たり前の現実なのだ。

 

【何故ストリートチルドレンは生まれるのか?】

インドやネパールで物乞いが生まれてしまうそもそもの原因としてはカースト制度というものが存在していたからだ。

 

カースト制度とは簡単に言えば身分制度の事で司祭、王族、商人、詩人等様々な身分があり、ネパール人の名前を聞けば彼らがどのカーストに属していたかが分かる。

そしてその身分は代々受け継がれていき、就ける職業も決まってしまうのだ。

だから物乞いをしている人達というのは最下位の奴隷カースト出身が高い(あくまでもボクの持論だが)

カースト制度はそもそも過去の制度で法律の中にある訳では無いが、代々受け継がれてきた制度は簡単に心の中から消えるものではない。

 

カースト制度のせいで『自由に生きられない世界』も存在するという事だ。

 

【物乞いに出会ったらどうすればいいのか?】

ボクは物乞いに出会ったら、その時の良心で行動するようにしている。

物や金を渡したくなければ渡さなくていいし、渡したければ渡せばいい。

ボクの友人で世界中を旅してきた高木さんという方は、もし物乞いに出会ったらというボクの質問にこう答えてくれた。

「始めに出会った人にだけお金を渡す」

と・・

物乞いの接し方は人それぞれだがボクは以下3つの方法を試している。

 

●1 お金(少量)を渡す

 

●2 食べ物があったら渡す

 

●3 無視する

 

1つ目のお金を渡す・・は旅行者が物乞いに絡まれたらよくやるパターンだが、少量のお金を渡しても彼らの生活のタシになるとは思えない。

 

でもボクは渡すのだ。

 

お金を渡せば彼らは去ってくれるから・・。

 

きっと嘘なんだ。

 

お金を渡せば彼らのためにあるというのは・・

物乞いをすればお金が手に入る。

それが習慣化してしまうと、物乞いでしか生きられなくなる。

だからお金を求められてもキッパリと断る事も大切だ。

 

2つ目は食べ物を渡す行為。

ボクはシェルパゴンパでお菓子をもらいゲストハウスに戻る最中、物乞いから食べ物を求められボクは幾つかあげてしまった。

 

 

本当にあれでよかったんだろうか・・。

 

数え切れない程の物乞いからたった1人を選んでお菓子を渡した行為は正しいのかボクには分からない。

 

3つ目が無視する。

関わらない。目をあわせない。見て見ぬふりをする・・

 

分かってる。

 

人としてどうなんだろうか?

 

ただ・・

 

人間というのは見たくないものから目を避けてしまいがちな生き物。

だからこんな悲しい現実を見たくないのかも知れない・・。

 

3つの接し方全てが正しいとは思えないし、全てが間違ってるとは思えない。

 

どうすればいいのか?

 

それは貴方自身が彼らと出会い、その時『良心』に従って決めて欲しい。

 

Eメール *

世界に蔓延する薬物中毒者!『麻薬を求めて海外に行く日本人旅行者』

ボクはよく海外へ旅をするが日本人を見るや麻薬を売り付けようとする人が度々現れる。こんな現状では世界から薬物中毒者がいなくならない訳だが一体何故そこまで需要があるのだろうか?

麻薬がなくならない理由・・

やはり1番は儲かるからでは無いだろうか?

そして悪い意味での需要と供給が売買している人間達に発生し薬物は世界に蔓延し中毒者が溢れ出る。

特に麻薬汚染は途上国に広がっているように旅をしてボクは感じた。

【狙われる日本人】

ボクはアジア圏の国々によく行くが街を歩くと現地人から「ハッパ!ハッパ!」と声をかけられる。

ハッパとは恐らくマリファナの事だと思うが彼らは日本人が違法と分かって薬物を買うと本気で思っているのだろうか?

答えは・・

 

残念ながらYESなのだ。

ボクはネパールの雄大なヒマラヤ山脈が見えるポカラという街で、ある日本料理屋でインドを旅していた医大生だという日本人に声をかけられ、一緒にランチをとった時の事だ。

彼と話しているうち彼は

「ボク、インドで麻薬やったんだよ!」

などと自慢話のように笑顔で話し出した。

海外で麻薬に手を出す日本人はタバコを買うくらい普通の事なのだろうか・・

またカトマンズの外国人ツーリストが集まるタメル地区では麻薬の売人の数が顕著になる。

彼らは流ちょうな日本語で話し出したりしながら日本人に近付いてくる。

では我々はどのようにして売人から身を守ればいいのだろうか?

 

【NO!とはっきり伝える】

外国人が日本人をカモにするのは英語があまり喋れずどっちつかずな愛想笑いをしてしまう国民性があるからでは無いだろうか?

または金持ちジャパニーズという意識からか・・

だが麻薬の売人と分かったらハッキリとNo!と言わないと、しつこい人の場合いつまでもついてくる。

こういうしつこい人を振り切る為にも私は要らないと意識表示をする事が重要である。

では売人かどうか旅行者が見破る方法はないのだろうか?

ボクが旅していた経験上、彼らにはある特徴がある。

例えば・・

●日本語が流ちょう

●変にニコニコしてる

●目がおかしい

このような感じの人達はやはり警戒した方がいいだろう。

麻薬の売人に限らず日本人をカモにしたあくどい外国人は大勢いる。

特に日本語を使って近付く外国人は用注意だ。

【税関に疑われたボク】

空港の税関で荷物をチェックするのは麻薬といったものが持ち込まれていないかチェックする事にあるが、ボクは一度麻薬を持っていると疑われた事がある。

カンボジアから日本に帰ったときの事。

その税関はボクの身体を隅々チェックし一言

「麻薬はやってませんか?」

やってないと答えると

「やっぱり麻薬は人がいない所で渡すんですか?」

彼は全くボクの話を聞かずカマをかけてくる。

麻薬の常用者のように感じたのだろうか?

疑われた事は心外だがカンボジアにもやはり麻薬を求めて行く日本人が数多くいるという事なのだろうか?

 

【麻薬がなくなるには】

途上国の外国人が麻薬ビジネスに手を出してしまうのは主な原因として貧富の差が激しかったり仕事がない社会にそもそもの原因があるように思える。

例えば世界的に問題になっているテロリスト。

彼らは過激思想を持って内なる敵を標的に戦っているが、彼らの多くは自身の国が貧しく『兵士』にならないと生きていけないのだ。

麻薬も同様でただ単に儲かるからという理由だけで麻薬ビジネスに手を出してるとはボクは到底思えない。

ネパールやカンボジアといっ途上国に行くと物乞いとよく会うことがある。

発展著しいアジアの国々でも貧富の差は生まれ仕事がないものは麻薬ビジネスに手を出してしまう、そんな社会の現状があるのでは無いだろうか?

麻薬ビジネスに手を出してしまう彼らは悪いのだが社会が変われば意識も変わり麻薬ビジネスに手を出す人も減って平和な社会になることをボクは切に思うのだ。

 

Eメール *

おかしな日本社会!!『会社が男女差別する本当の理由』

この日本で生きてきて、あなたは疑問に感じた事はないだろうか?

 

どうして仕事は性別によって変えられてしまうのか?という事。

 

つまり

男性は力作業が中心の仕事が多い。

女性は軽作業が中心の仕事が多い。

 

同じ会社に入ったのに男性と女性とでは仕事内容が変わってしまうなんて事はある。

求人誌には「こういう仕事内容」と書いておきながらだ。

 

そこには多分日本人が『男は男らしく』『女は女らしく』と社会の空気みたいのを飲み込み男女差別を会社が行っているからだ。

もっと言えば差別を行っているのは会社だけじゃない。

日本人が『社会の目』みたいのを意識して無意識に差別をしている。

 

男性は髪を長くしてはいけない。

女性は結婚しないといけない。

 

こんな事を上げればキリがなくなるほど出て来る。

日本人は見た目から人生観に至るまで『こうあるべきだ』とどこかで思っている節がある。

 

それが社会全体に広がっていて、会社に入っても男女差別を受けることになる根本的な原因だと思う。

 

【社会はどうあるべき?】

社会はどうあるべきか・・?

 

それは『多様な人間・考え方』を日本人全体が認めるべきなのだ。

ボクは海外へ旅をして絵を描いている。

ついでに言えばボクは髪が長くて、普段からチベットの民族衣装や個性的な服を着ている。

 

これを聞いて、ちゃんと「就職しなさい」とか「髪を切って普通になりなさい」とか思った人はもう『差別している』のだ。

 

差別意識ゼロで。

 

彼らはわかっていない。

 

さっきも言ったが『多様な人間や考え方』があって、それが世界を作っている。

 

海外へ旅をすれば、様々な宗教があって、様々な風習があり様々な人種がある。

もちろんアジア諸国の中には男性優位な国があって差別されてる社会もあると思う。

しかし日本はアジアの中でも『先進国』で今はもう二十一世紀。

 

昭和の時代はもう終わっているのだ。

 

だから日本は、日本人は考え方を改めないといけないと思う。

 

【絵を描くという事】

ボクが絵を描いているのは単純に絵を描くことが好きだからだ。

描いていて大変だ、と思うことがあっても何かを想像して、それを絵に表現するのは面白くて止めることはないだろう。

しかし日本ではボクのような画家の身分はまだまだ低いように思える。

ネパールでもそうだがタンカ絵師が描く絵は『凄い!』と思えても絵師自体の身分は低い。

社会的に何か保証されているわけでもなく、もしかすると趣味の延長線上だと思うかも知れない。

だがボクは絵を描くのを止めたいと思わないし会社に就職して『ちゃんとした大人』になりたいとは思わない。

絵を描くという事は自由でいて誰かから差別を受けることもない仕事なのだと思う。

 

中には会社で働いて、傍らで絵を描いたらどうか?と考えてる人もいるだろうけど、それではもう画家じゃない。

 

ただの趣味の延長線上だ。

 

だが画家を目指す人は、いや何かの夢を持ってる人はそれで食べていきたいと思うし、それ以外はあり得ないと考えているだろう。

ボクの友人に音信不通になった漫画連載を目指している人がいるが彼はアルバイトもしないで家に引きこもりながら漫画を描いているのだ(今はどうなってるか分からないが)

生き方は自由だし、ボクがどうこういうつもりは無いが社会が、その夢を断絶させるのはいけないと思う。

 

人間は様々な生き方があって、人は生まれながら自由なのだから

 

 

 

 

 

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