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知られざる吃音の世界『改善方法と原因は何か?』

吃音。それは言葉がつまり、話しにくくなる言語障害の事だが吃音の改善方法はあるのだうか?

また知られざる吃音症状の世界と吃音になった『きっかけ』を体験談と共に紹介しようと思う。

 

【吃音の原因】

現在画家として活動しているボクが吃音だと気付いたのは職業訓練学校卒業後、初めて就職した時の事だった。

仕事をしていくと後輩が出来て仕事の説明をしたりするという事があるがボクはそれが増えてくるにつれ自分がどもっていくという事に気が付いたのだ。

初めて会う人間に仕事の説明をするのは真理的ストレスがあったが、それがボクが吃音になった原因では無かったと思っている。

 

原因はボクが考えうるに職業訓練学校時代の事だ。

 

中学卒業後、高校に行きたく無かったボクは担任の先生から、とある職業訓練学校を紹介された。

 

その学校は金属加工や溶接といった工業技術を覚える事ができ、資格も取れる場所だった。

行くあても無かったボクはやむなく、その学校に入学する事になったのだが、いざ入ってみると完全にボクに合っていないというのが作業をやればやるほどヒシヒシと伝わってきて、ある日とうとう逃げ出してしまったのだ。

 

ボクは学校に行きたくない余り、家を飛び出し路上を彷徨っていたりしたが見つかり、連れ戻される毎日。

 

イヤイヤ学校に連行されると先生から『どれだけ親に迷惑をかけたのか』という事を一日中言われ続けたのだ。

それは日に日に過激になりボクの人格まで否定され、何かちょっとでも発言しようと思うなら、すぐに否定される。

 

ボクの意見なんて通るような状況では無かったのだ。

 

そんな精神的に追い詰められる日々が何週間にも渡り、ボクは何度も自殺未遂を繰り返すまでに至った。

だが、ボクは父に殴られた事をきっかけに逃げるのをやめ無事卒業する事が出来たが職業訓練学校時代に体験した事が今の吃音症状に繋がっていると思っている。

 

つまり、自分の考えを相手に伝えたら散々否定され続けたボクは卒業後、その事が『トラウマ』になって吃音になったんだと思っている。

 

【吃音の世界】

最近テレビ等を観ていると吃音症状を扱った番組が時より放送されるが、吃音の人には言いにくい言葉があるというのだという。

ボクの場合『き』の発音する言葉が苦手らしく(それ以外もいっぱいあるかも・・)よく

 

「き・き・き・・」

 

等どもってしまう事がよくあるのだ。

 

また、友人や家族からも吃音症状が理解されない事もあり

 

「治るはずだ。」

 

「普通に話せ。」

 

「落ち着け。」

 

等、普通に話せる人には分からない苦しみみたいのがある。

ボクだって好きでどもっている訳では無いのに、このような事を言われると心が傷付くのが彼らは分かっていないのかも知れない。

また、ボクは難病指定されている潰瘍性大腸炎を患っていて数か月に一度病院に行くのだが、その時、病院のスタッフに本人確認の為、名前を言わなければならないのだが

 

「み・み・み・宮下」

 

とどもってしまい、自分の名前すらまともに言えない状況になってしまう。

この吃音という言語障害だが、最近気付いたのだが相手と話すとどもってしまうのだが、一人だけの状態でどもった言葉を言うと何故か普通に喋れるのだ。

因みに人と話している時のボクの精神状態は胸がドキドキして高鳴っている事が多い(平静としていても人と話すとそうなる。)

あと、ボクはよく海外に行くのだが日本人相手だから吃音になると少し思っていたが、英語で外国人とコミュニケーションする際もどもってしまうという事が行ってみて分かった。

 

こういった吃音の人にしか分からない煩わしさがあるが、友人が言っていた「治るはずだ。」というのを検証してみたい。

 

【吃音は治るのか?】

結論から言うと“治る”らしい。

らしい、とはネット上で調べてみると発声の練習をしたり、専門の病院にいって治すという事らしいのだが、ボクはお金をかけたくないし、そもそも深刻に考えていないので一つの『個性』として考えている。

ただ、それでも言いにくい事が多々あるため、少し工夫して発言している。

 

例えば・・

 

■発言する前に、深呼吸してユックリ話すようにする。

■話すとき身振り手振り使い話す(つまりジェスチャー)

■他の言い回しを考えて話す。

例として『トイレ』を『お手洗い』と言う具合に。

 

特に『他の言い回しを考えて話す』はボクがよく使う方法で、自分が言いやすい言葉を使えば相手に伝わりやすく1番のオススメ方法かも知れない。

 

以上のようにボクの体験談を交えて吃音の改善方法や原因を書いてきたが、あくまでボクの場合の話だが、吃音について知りたい人の何かに役にたって欲しいと思っている。

Eメール *

日本人は英語が出来ない?英語が喋れるネパールの子供達との違いとは?

日本人は英語が出来ない、話せないという人が多い。

かく言うボクも、そんな多くの日本人の中の一人だが、そもそも何故日本人は英語が出来ないのか?

 

その答が、ネパール在住の海外青年協力隊であるkayさんのメルマガを読んで、成る程な。

 

という事があったの少し紹介しようと思う。

【ネパールの子供達】

kayさんのブログを通してネパールに来た日本人と共に一緒に農村に行く事があるんだそう。

その時、農村にやってきた日本人がびっくりする事があるとkayさんは語る。

それはネパールの子供たちが日本人よりも英語を喋る事だ。

 

子供といっても中高生位の年の子ではなく小学生位の子供達だ。

 

実はボクも同じような経験があり、東チベットを旅した時、ラガンという小さな町でフラフラと歩いていると突然、小学生位のチベット人の子供に英語で話しかけられた。

という事がある。

因みにラガンはチベットで最も聖なる仏像がある町で、広大な山々に囲まれた田舎町だ。

 

東チベットは英語がほとんど通じる地域ではないのに、その少年は英語でガンガン質問してくる。

 

チベット=英語が通じない、分からない人が多いと思っていたボクにとって驚きだった。

 

kayさんは、何故子供達が英語が喋れるのに日本人は英語が出来ないのか?

という事に対して

 

本当に話せないんじゃなくて、「できない」と思い込んでいるだけ。

 

と断言した。

 

成る程・・

 

ボクはkayさんのメルマガを読んで腑に落ちた。

 

つまり日本人が英語話せないのは英語に対するメンタル面の問題が大きいからだ。

英語に対するメンタル面・・

日本人は何故か英語教育をしてきているはずなのに、いざ喋ろうとすれば英語が出来ないと、たじろう人が多いように思える。

昔の話だが中学時代、ボクの友人も英語のテストは完璧だったのに会話となると、喋れなくなるという人がいた。

 

ボクは全くの逆だが。

 

その点、海外の子供達は英語でガンガン話し掛けてくる。

例え文法が間違っていても、だ。

 

 

つまり間違ってもいいから英語で話してみるという勇気が必要なのかも知れない。

 

ボクはよく海外へ一人旅をするが実際人よりも英語が出来る方ではない。

 

正直言って中学1年生レベルだ(笑)

 

だけど、それでも今までネパールやインド、カンボジア、チベット、ドイツなどなど・・

 

様々な国を渡り歩いてきたし、タンカ(仏画)絵師を見つけだし(心辺りも無いのに)3か月間ネパールに住んでいた事もあった。

 

“英語が出来ない”のにだ。

 

それは文法がおかしくても、とりあえず話してみるという事で何とかなったというのが大きいだろう。

相手の言っている事が分からなければ

 

「what?」「I don’t know」

 

とかハッキリと言えば相手も判ってくれるし、何度も聞き返すことで相手の言っている事も理解出来るのだ。

 

ボクはそんな感じで世界を旅しているが、旅をするだけなら英語が中学1年生レベルでもやって行けると思っている。

 

海外はボクの好奇心を刺激するもので溢れる満ち満ちとした世界が広がっている。

だからボクは英語に対して苦手意識を持つことなく、分からなければ話そうという心がけを持って旅をしているのだ。

 

そもそも英語が出来ない、話せないと真剣に悩んでる人は海外旅行や海外で何かをやってみたい!

と思っている海外志向を持っている人だと思っているので、ボクの考えでは将来海外に行く事はない、永久に日本で暮らす、という人は英語は必要ないと思っている。

だが英語が喋れるようになれば世界が広がるというのは事実であり、外国人とコミュニケーションを図れたり、海外で仕事をする事だって可能だ。

 

とはいえ、間違える勇気を持って話し続けても英語が出来ないという人も多いので、あしからず(ボクもそうなので)

kayさんのブログ

ボクはネパールを変えることが出来ない

はネパールに在住している海外青年協力隊であるkayさんならではの面白い記事が沢山あるので興味のある人はチェックして欲しい。

Eメール *

神様はいるのか?『チベットに行って分かった事』

チベット文化圏に行くと信仰心高い人達が神様に向かってお祈りをする姿をよく見かけることがある。

 

彼らに「神様はいるのだろうか?」

 

と聞くのは愚問だと思う。

神様は彼らにとって心の支えのようなものであり、かけがいのないものだからだ。

 

では神様は心の中にいるの?

 

もしくは本当にいるの?

 

と答えが出ないような疑問だが、チベット文化圏を旅してきたボクは何となくその疑問の答えに辿り着く事が出来たので発表したいと思う。

 

神様はいるのか・・?

 

 

答えは・・

 

 

 

文化だ!!

 

 

 

そう、文化なんです!

 

 

 

存在証明が分からない事に対して疑問を抱くより神様を一つの文化として捉えれば、答えは簡単だと思う。

 

【ネパールで神々と出会う】

住んでいる人より神々が多いと言われているネパールに行くと、至る所にヒンズー教や仏教の仏像があり、その土地に宗教が根付いているというのが実感できる。

 

ネパール人達はよく寺院に入り神様に祈りを捧げ、仕事に行く。

 

日本ではこのような事は余りないが、ネパールではこれが普通なのだ。

 

 

神様に日々祈りを捧げ、神様を出迎える儀式をしたり、神様の為に生きている言っていいだろう。

彼らが行っているのは、その国では普通の事であり、文化として根付いているのだ。

因みに、ネパールはインドとチベットに挟まっている事からヒンドゥー教と仏教の宗教が混ざり合い、独特な宗教文化がある。

例えば、美の都パタン周辺にはヒンドゥー教寺院が沢山あるが、一方チベット仏教の聖地ボダナートやスワヤンブナートには数多くのチベット仏教寺院がある。

そしてチベット本土からやってきたチベット難民やネパールに元々住んでいる仏教系の少数民族もヒンドゥー化している場合もあるのだ。(額にヒンドゥー教徒お馴染みの赤い点ティカをつけていたり)

 

ヒンドゥー化するチベット人に関しては、こちらの記事を参考に

チベット難民の現在。ヒンドゥー教化するチベット人達

また、神様の文化と言えばチベット仏教のお祭りチャムを思い浮かべる。

 

チャムとは僧侶達による仮面舞踏祭の事で、魔を祓うためチベット仏教寺院で大体毎年1回のペースで行われているのだ。

 

ボクは以前ラダックのマト・ゴンパに行った際、初めてチャムを見たが、荘厳なチベットの非日常世界に、否応なしに神々というのを感じる事が出来た。

その位チャムは美しく、目に見える世界を変える力というのを持っていたのだ。

 

【神様を信じる文化を日本で置き換えてみる】

 

 

神様を信じる文化・・

 

 

それを日本で置き換えると・・

 

 

アイドルに向かってオタ芸をする熱心なファンのようなものだ!

 

 

・・と言っても過言ではないだろう。

 

何故なら日本のアイドルオタクのように神様を崇め奉り、お供え物をして、神様のお祭りをよくする!

 

日本のアイドルオタクとあんまり変わんないなー・・

 

っと思っている(笑)

 

 

冗談はさておき

 

「神様はいるのだろうか?」

 

 

と疑問に思うのは日本人ならではだと思う。

 

何故ならボクは他の日本人と同じように、それほど信仰心高い人間では無いしネパール人ではない。

 

だから、彼らが思う所の神様が本当にいるのかどうかの明確な答えは出ない・・。

 

だから文化なのだ。

 

 

因みにネパールには数多くのチベット人達がいるが、彼らが信仰しているチベット仏教(ラマ教と言われる事も)について取り上げた記事もあるのでチェックして欲しい。

ツァンカパからミラレパまで『謎多きチベット仏教とは一体何なのか?』

また、ボクは仏画絵師としてチベット仏教の神々を描いているが特定の宗教を信仰していたり、神々を崇めているという訳では無いので^_^;

ボクが仏画を描いているのは単純にカッコいいと思っているからだ。

 

(上の絵は過去現在未来を表すカーラチャクラの仏画)

 

チベット仏教ではヒンドゥー教ゆかりの神々(ガルーダやナーガ等)やチベット土着の神々も取り入れているため、数多くの神々が登場する。

■チベット仏教の尊各についてはこちら

チベット仏教における仏達の種類『代表的なチベットの神々とは?』

 

では『神様の文化』はどこからやってくるのか?

 

【旅をして分かった事】

ボクはチベット文化圏の旅をして分かった事があった。

 

 

ネパールやラダック、チベットには標高3000メートルを越える山々が沢山ある。

 

有名なのはヒンズー教の破壊神シヴァが住むとされるエベレストや西チベットの果てにある四つの宗教(ヒンドゥー教、チベット仏教、ボン教、ジャイナ教)からなる聖山カイラス

チベット人達は、こういった山々を『神様』として崇め聖山として畏怖してきた。

 

 

ただテレビや何かでよく、山々を神様として崇めている人々を見てもピンっとなかった。

 

 

だが実際、旅をしてそういった山々を見てボクは思ってしまった!

 

 

神様はいる!!

 

 

・・と。

 

広大な山々を見て、チベット人達が神様として崇めている理由がボクは何だか理解した気がした。

 

もし『神様はいるのか?』

 

と疑問に思うのならチベット文化圏を旅してほしい。

 

神様が沢山描かれた美しい壁画がある仏教寺院

 

 

神様の言葉を何度も口ずさむチベット人達

 

 

神様と崇めるられている聖なる山々・・

 

 

チベット文化圏に行くと『神様』はいるのか、一体何なのか?

 

という疑問の答えがきっと見つかると思っている。

Eメール *

“旅するサラリーマン”高木さんとの出会い

ボクは今まで海外を旅してきて色々な人生を歩んでいる日本人に会ってきた。

ネパールでお嫁さんを探しに赴き、どういう訳かカトマンズにメイド喫茶をつくるんだ!

と意気込んでいた日本人

ラダックでチベット文化圏やアジアを旅していた某旅行会社の日本人やインドに半年間以上も旅していた旅人・・

だが、ボクが出会った日本人の中で今でも交流のある日本人は高木さんというカンボジアで出会った旅するサラリーマンの方だ。

高木さんとは今までボクの絵を買っていただいたり泊めてくれたりして本当にお世話になり感謝しています。

 

彼との出会いはカンボジア・シェムリアップのとあるゲストハウスだった。

 

そのゲストハウスは日本人が多くいて、スタッフの人もカタコトながら日本語を話せる人だった。

 

そんな環境だから日本人バックパッカーが集まりやすく、ボクもそんな彼らの中の一人だった。

 

 

そんな時ボクに話しかけてきたのが高木さんだ。

 

 

ボクは高木さんとゲストハウスで意気投合しアンコール・トムへ二人で行く事になった。

 

ゲストハウスで手配したトゥクトゥクにボクたちは乗るとアンコールトムに向け出発!

 

 

この時期カンボジアでは正月にあたり、新年を祝う人が溢れていた。

 

アンコールトム内には綱引きを引いたり踊っている人・・

 

とても日本の正月とは思えない光景が広場に広がっていた。

 

ボクたちはアンコールトムの古代の遺産を巡り巡り、その後も戦争博物館で戦争の悲惨さを体験したり、一緒に夕食を食べに出かけたりした。

 

ボクは今までこういう二人以上で旅をするなんて事はなかった。

 

ただ、この時思ったのは一人旅も気楽でいいけど、二人以上で旅するのも悪くないと感じたのであった。

 

高木さんとはボクがプノンペンに行く日に別れ、もうそれっきりだろうと思っていた・・。

 

しかし月日がたつにつれボクはもう一度、高木さんと会いたいという思いがつのり高木さんのサイトから連絡をとり、遂に個展の日に再会する事が出来たのである!!

 

今の時代、本当に便利になったと思う。

 

ネットワークの発展で、世界中誰とでも交流する事ができ高木さんとも再会する事を果たしたのだから。

 

Eメール *

チベットを旅する内に夢の中の不思議なチベット世界を旅するようになった旅人

 

最近ボクはチベット文化圏の国々を回ってる内に夢の中でも旅をするようになった。

 

しかも決まってチベット的な場所で現実世界で見る事が出来ない不思議なチベット仏教寺院が幾つも見た事がある。

 

 

【不思議なチベットの情景】

 

以前こんな夢を見た。

 

ボクは友人と共に飛行機に乗っていて何処かへ向かっていた。

窓の外は雄大なヒマラヤ山脈が見える。

この光景は以前ラダックに行った際に見たヒマラヤ山脈とそっくりで雪化粧された山々が広がっていました。

 

飛行機が到着すると、そこには更なる絶景が・・!!

 

なんとそこには聖地カイラスが目の前に鎮座していた!!

カイラス山とは西チベット奥地にある聖地中の聖地なのだけれど本物のカイラス山とは何か違っていた。

カイラス山の上にはキラキラと輝く星空の元『光のカーテン』オーロラが広がり、夜だというのにカイラス山は光輝いていた。

 

当然本物のカイラス山がある場所は北極圏でもないからオーロラを見る事は出来ない。

 

ボクと友人、飛行機に乗っていた観光客と共に、その美しい絶景を見たのだけれどボクは何処か余りにも、その光景が神々しく恐ろしいとも思えた。

 

その瞬間・・

 

 

 

夢は覚めた。

 

 

 

ボクの夢はカイラス山に行く事と友人と海外旅行に行く事なのだけれど、それが一瞬に叶ったのだ!

 

 

夢の中で・・。

 

 

あとこんな夢を見た事がある。

 

 

ボクは新緑美しい何処かの山を歩いて、頂上辺りにつくとチベット仏教寺院が森に囲まれた場所に到着した。

寺院には僧侶達が修行していたり辺りを散歩したりと思い思いに過ごしていた。

 

その山には至る所にチベット仏教寺院があり、さながらチベット仏教のテーマパークといった所でしょうか?

 

ボクは探検するまもなく夢が覚めてしまったけれど、それと似たような夢をその後見た事がある。

 

 

その場所はゴウゴウと砂嵐が吹き荒れる砂漠地帯。

 

 

そんな場所を歩いていると砂嵐に紛れて巨大な黒い影がボクの横に広がっていた。

 

砂嵐がとけると、そこには巨大なチベット仏教寺院が。

 

入る事は出来なかったが特徴はよく覚えている。

 

その巨大寺院は砂嵐の影響か、まるで砂の居城で至る所が砂に埋もれていた。

その不思議なチベット仏教寺院を見た後、ボクは砂漠地帯を進むと次に現れたのはオアシスだった。

オアシスの中はラフな服装をした人達が何人もいて、彼らの家なのか白い街並みが広がりオアシスの中心に何かのオブジェのようなモノがたたずんでいた。

 

そのオブジェがある広場に入ったその時、その夢は終わりをつげた・・。

 

 

ボクはそんな夢を友人に話すと彼はこんな事を言った。

 

 

 

「きっとその光景は何処かにあるんだよ。」

 

 

なる程。

 

 

もしかしたらボクは何かの写真か映像を無意識の内に取り込み、知らず知らず夢の世界を創っていたのか・・。

それとも友人の言うとおり実際にある場所でボクの魂が夢を見ている間、その場所に向かい、その光景を見せていたのか・・。

 

 

ボクには一体何だったのかは分からない。

 

 

ただ一つ言えるのはボクが現実世界だけでなく夢の世界にまで旅をしているという事実。

多分これからも不思議なチベット世界の夢を渡り歩いていくと思う。

 

Eメール *

チベットを旅している内に日本人からチベット人に間違われてしまったボク

ボクは最近どこかへ行くと

「外国人ですか?」

とよく言われる事がある。

そう、ボクとあった人は外国人と思ってしまうのだ。

 

ボクはどうしてそんな風に言われるか実は分かっている。

それはボクのファッションスタイルにある。

ボクは普段外出するときチベットの民族衣装を着込むのだ。

人間というのは視覚から物事の情報を得ているというのは科学的に証明されている。

だからチベット人の民族衣装を着たボクを見るとチベット人という風に認識してしまうのだろう。

【ディズニーランドにてチベット人に間違われてしまった!?】

ボクは以前、海外旅行から帰ってくるとディズニーランドに行ってから自宅に帰るという事があった。

今はディズニーランドの入場券が高くなって中々行くことは無くなったが・・。

 

これはディズニーランドによくいっていた時の話である。

 

ラダックから日本に帰ってきてボクはいつものようにディズニーランドに行ったのだが、あるアトラクションに乗った時の事だ。

行った事がある人は分かると思うがアトラクションに乗ろうとするとキャストが待ち受けていて1、2、3等番号に振り分けられたアトラクションを待つ場所に並ぶ事になるのだがボクはアトラクションに乗るため順番を待っていた。

一人、二人とアトラクションに乗って行きキャストの透き通った声が響きわたる。

「お次の方、2番へ!」

ボクの前に並んでいた人が2番の場所に行き次はいよいよボクの番だ・・と思った、その時

「3ば・・スリー!!」

「・・・・?」

あれ?何故ボクだけ英語?

疑問が浮かんだが答えは簡単だった。

ラダックに行っていた時ラダックの民族衣装ゴンチュを着て髭を生やしきっていたボクはまるで日本人とは思えない仕込みになっていたのだ!

こんなボクを見たキャストは日本人では無いと勘違いしたのだろう。

チベット人や中国人、韓国人等、日本人によく似たモンゴロイド系の人種は結構いる。

ボクも街歩く日本人を見ると日本人なのかよく分からない時があったりする。

それと同じような事なのだろう。

 

しかし実は・・

 

そんな風に言われると心の底で密かに嬉しかったりする。

ボクは日本人であるが、どこかでチベット人になりたいと思っているのかも知れない。

 

チベットの文化、芸術、宗教、言語

 

どれをとっても美しいと思う。

ボクはその美しさに惚れ込み漫画風にアレンジした仏画を描き、お金が溜まったら海外へ行くがチベットに行くとチベット文化はやっぱり美しい!と心の底から思うのだ。

だからこそ民族衣装を着るというのはボクにとって『特別』な事で彼らが大切にしている文化を着ているという誇りなのかも知れない。

 

難しい事を言ってしまったがデザイン的に好き!!という事が1番大きいのかもしれないがね(∀)

 

Eメール *

ボクの前世はチベット人?『不思議な不思議な出会い』

あなたは前世を信じますか?

 

冒頭にこんな事を言ってしまうと宗教の勧誘とか怪しい壺を売り付けられないかと思われるかもしれないが、そうでは無い。

ボクがお世話になっている新潟古町にある『羊画廊』で個展をやると毎回来て下さる、ある女性の話である。

 

その女性いわく彼女はチベット人の生まれ変わりでヒマラヤの方と縁があるらしい。

 

ボクは特定の宗教を信じているわけでは無いが、もしも前世というものがあるとしたらボクもチベットやヒマラヤと縁ゆかりある人の生まれ変わりなんだと思う。

というのも現にチベット仏教の神々をテーマにした絵を描いているわけだし、チベット文化圏の国々が好きだ。

もしかするとネパールへ一人旅に行ったのは必然だったのかもしれない。

初めての海外で言葉が分からないボクを助けてくれたネパール人やチャチャカフェで働いていたタナカ氏との出会い・・

そしてヒンズー教や仏教の寺院で神々と出会い、キリスト教の絵から仏教の絵にチェンジした事。

それは神々のヒマラヤに呼ばれていた!とボクは思えるのだ。

 

ネパールの後も日本人に人気なカンボジアやドイツ等を行ったが、やはり何かが違うのだ。

ボクが魅了したのはネパール、ラダック、東チベット・・

 

そう

 

チベット仏教が広く信仰されているチベット文化圏の国々なのだ。

 

チベット仏教には輪廻思想があり現在の功徳によって来世の事が決まるという宗教的な概念がある。

とするとボクの前世も絵が好きな人だったり旅が好きな人なんだろうか?

 

そして前世は現在の人間関係にも影響されているのかもしれないという点だ。

【現在の人間関係は前世から?】

件のチベット人の生まれ変わりの女性とお茶をする機会があった。

彼女は今まであったことのない感じのスピリチュアルな女性で、女神ターラーの話やスピリチュアルな話をしてくれた。

 

そしてこうも言った。

 

拓実さんとは前世で出会った事があると

 

もしそうなら彼女とボクは元元縁があったのだ。

 

それだけじゃ無い。

 

ボクはネパール料理屋でよくカレーを食べに以前頻繁に行っていたが、そこで働くネパール人と顔見知りになって仲良くなったり、誰かと話しているとチョイチョイ、ネパール人が・・

等というワードが出たりする。

 

ボクがインドの中のチベット『ラダック』でチベット文化の美しさを知り、その文化を知るためタンカ(チベット仏教画)を学びにネパールへ行ったのも

タンカ修行の旅を後押ししてくれたチベット人タンカ絵師ケルサン・ギャルツォ氏との出会いも

全て前世からの縁だったのかもしれないのだ。

 

そう考えると今まであってきた人間や出来事の数々が前世からの影響なんだと思うとオモシロイと思えないだろうか?

 

前世があるか無いかボクには分からない。

 

だけどこれだけは言える。

 

ボクはボクだ。そしてここにいる。

 

そして絵を描いて旅をする自由な画家だ。

 

これから先ずっと・・

 

この考えは変わらないだろう。

 

そしてボクは未来に向け生き続けるだろう、前世で縁ある人やチベット文化圏の国々やアジアな国々を周りながら。

 

Eメール *

カンボジアのおすすめ観光スポット『そこはクレイジーな奇怪遺産?』

東南アジアの仏教美術を見るため、その宝庫とも言える世界遺産アンコールワット遺跡群におもむいた。

アンコールワット遺跡群の古代の彫刻の数々は絵の勉強になったし、古代文明のロマンを感じることができ面白かったが、20日間の滞在だった為時間をもてあましていた。

ボクはゲストハウスでぱらぱらと『地球の歩き方』をめくっているとゲストハウスの近くに面白そうなテーマパークがあることを知り、その場所を目指すためチャリを借りシェムリアップの街をこぐこと2~

『カンボジア・カルチャー・ヴィレッジ』

このテーマパークはカンボジアの歴史や文化を紹介した場所で、至る所にカンボジアの伝統建築物が建てられていたり、ロウ人形館や釈迦の涅槃像があったり民族ダンスショーが開催されていたりと回ってるだけで面白かった。

中でもボクが「なんだこれは?」と思ったものがあった。

 

クレイジーだ・・

 

 

このクレイジーなアート作品の数々は何なのだろうか?

この作品のテーマはよく分からなかったが見ていてとても面白い。

そもそも何のために作られたのだろうか?

涅槃像やロウ人形はカンボジアの文化を伝えるために作られたというのは理解出来る。

 

ただこのクレイジーな作品は?

 

子供の遊具?

 

カンボジアの妖怪とか精霊?

 

それとも神様なのだろうか?

カンボジアの炎天下の中、疑問が尽きることが無かったが理由なんてどうでも良くなっていく。

 

暑い。

 

とにかく暑い。

カンボジア・カルチャー・ヴィレッジは役2ヘクタールある広大な敷地面積の中、歩き回らなければ行けず暑さに弱いボクは頭が回らなくなっていった。

そして一通り見終わった後、ゲストハウスへチャリに乗って戻るのであった。

もしかしたら『奇怪遺産』の佐藤健寿氏もこのクレイジーなテーマパークに訪れたのでは無いかと思うくらいオブジェは存在感を放っていた。

 

 

 

Eメール *

旅をする人にも絵を描く人にもおすすめする文庫本『キノの旅』

ボクが初めてネパールへ海外一人旅をするきっかけを作ったのは専門学校時代、台湾へ研修旅行に行った事がきっかけだ。

他の友人達と行きたいところも行けたし、何とかなった。

そんな事があり一人でも海外へ旅出来るのではないかと思いネパールへ行ったのだ。

そんなボクだが元々海外、というか『旅』というものに興味があった。

『旅』に興味を抱かせた時雨沢恵一著『キノの旅the beautiful world』というライトノベル本の存在だ。

『キノの旅』

http://dengekibunko.jp/title/kino/

【キノの旅とは?】

『キノの旅』とは旅人キノと相棒のエルメスというモトラドに乗りながら様々な国を旅するお話だ。

キノの旅は一話完結型で寓話的表現が用いられ、けっこう考えさせられる部分があり普段小説を読まないボクだがキノの旅だけは例外で最新刊が出ると必ず買ってしまうくらいはまっている。

キノの旅が面白いのは寓話的表現はもちろんの事、世界観の描写がとても上手い事だ。

国の表現だったり国外の荒野だったり草原だったりの表現がイメージしやすく本を読んでいるとキノと同じように旅に出たくなる、そう思う事があるのだ。

モトラド(バイク)に乗り、旅をする。

 

これだけでもボクは何か憧れを感じている。

 

モトラドに乗り、まだ見ぬ国を求めて世界中を回るのだ。

想像出来るだろうか?

 

 

小説は・・物語というのが人間に好奇心や冒険心を与えてくれ、実際に海外へ行く事になるなんてボクは思いもしなかった。

キノの旅との出会いは実はたまたまDVDを借りだ。

キノの旅はアニメ化されていて、このアニメにはまり原作を読むようになったのだ。

ボクは初めて原作を読んでみて、真っ先に思ったのが挿絵が独特で印象深い。

黒と白を基調としたイラストレーター黒星紅白のイラストはボクがまだ漫画を描いていた頃、そのタッチに影響され黒と白を基調とした漫画を描いていた。

ただアクが強すぎると評価された事はあったが。

黒というのは見る者にインパクトを与え、かつ絵を引き締める効果がある。

その為、漫画を見てみると全体的に黒っぽく描かれてることがよくあることだ。

 

この黒と白の効果が最大限に活かされている絵が黒星紅白のイラストなのだとボクは思うのだ。

 

もしも漫画を描いているのならベタ(黒塗り)やトーンを沢山用いて仕上げることが出来れば見ている者にインパクトを与える事が出来るだろう。

その為には黒星紅白のイラストだったり漫画をよく見て独自に勉強すれば絵や漫画の勉強になると思うのだ。

黒星紅白のイラストはキノの旅の世界観にとてもあっていて、黒のみで絵を描いている人の役にもたつかも知れないから興味のある人はキノの旅を手にとって欲しい。

 

余談ではあるがボクは海外へ旅をすると必ずキノの旅を持っていく。

仏教美術を求めラダックに行った時も、ネパールへタンカ修行の為に行った時も・・。

 

『キノの旅』の中でキノとエルメスが世界中を旅しているが、この『キノの旅』という本もまた・・ボクと共に世界中を旅しているのだ。

 

きっとこれからもボクはキノと共に仏教美術を求め世界中を旅することになるだろう・・。

 

Eメール *

海外のアニメはお国柄が出る?『旅人の個人的評価』

海外のテレビを観てみると、その国のお国柄を感じられる事がよくある。

ネパールに行った際、色々チャンネルを変えていると子供のクリシュナが人間の学校で勉強していて、校長(正体は魔王?)はクリシュナを嫌っていていつも何か邪魔しようと企んでいる。

そんな感じのアニメを観たことがある。

ネパールはヒンズーや仏教を信仰している人が多い国。

だからこそ、こういった神様を主人公にしたアニメが受けるのだろう。

インドに行った事はあるがインドにも恐らくこういう感じのアニメが放送されていると思う(確認できず)

こういうテレビを観てみるとふと思う事があるが、もしかしたらボクの仏教の絵はインドやネパールで受けるのではないか?

 

と頭をよぎるときがある。

 

考え過ぎだろうか?

 

話を戻すが海外のテレビはお国柄が出るといったが、中国に行った際ボクは中国のアニメに衝撃を受けた!

 

キャラクターの顔の描き方、OP ・EDアニメの表現方法が日本のアニメそっくりなのだ。

 

ただクオリティとしては日本の方が断然いいに決まっているが。

 

これを観た瞬間ボクは思った。

 

パクってる・・。

 

次の番組を観た時、パクリ疑惑が確信に変わった。

日本のナンタラ戦隊をパクった中国のナンチャラ戦隊ヒーロー番組がやっていたのだ。

 

観覧車に閉じ込められた子供を助けるためナンチャラ戦隊が怪人と戦い、怪人がやられそうになると巨大化し襲ってくる。

そして怪人を倒すためロボットに乗り怪人をぶっ倒し、最後にはお決まりのキメポーズ。

 

 

まんま日本と同じだ!!

 

 

中国はやはりパクるのだ。

 

 

日本の某キャラクターやアメリカの某キャラクターがパクられたというのはテレビでよく目にする話。

 

どうしてパクるんだろうか?

 

多分日本の人気のアニメやキャラクターを自分達がアレンジして公に発表すれば人気が出る。

とか思っているのだろうか?

 

もしくはパクリが文化なのか?

 

中国のとある村では住民のほとんどは画家で有名作品のレプリカを造り続けている。

ただしレプリカといってもクオリティは低いが。(絵の型を基に描いているらしい)

 

そんな村もあるくらいだ。

 

中国のパクリは文化として根付いてる?

そう思われても仕方ない。

 

この先中国がもっともっと経済成長し、国民がもれなく潤う事が出来れば、もうパクリ騒動も無くなるのだと思うのだ。(多分)

 

海外のテレビ(アニメ)を観ていると何を喋ってるか分からないが、面白い番組もあるから海外に行ったら、是非観てみて欲しい。

 

 

 

 

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