トントントン
全てはそのノックから始まった。
ぼくがいた場所はチベットのマルカム(四川省馬爾康市)という街にある某ホテル。
薄暗い路地奥にあるそのホテルに泊まった、その日の夜
ぼくは公安に連れていかれるという恐怖の夜を過ごす事になる。
【公安に連れていかれるまでの経緯】
そもそもぼくがマルカムに来たのは丘の上にあるマルカム・ゴンパに行って壁画を見る事だった。
チベットの壁画は美しく感動的なのでぼくは絵のイメージを膨らませるため
たびたびチベット方面を旅している。
実は前回もマルカムの街に訪れゴンパにある壁画を写真に収めたのだが
謎のSDカード破損によって画像が殆んど消えてしまったので今一度マルカム・ゴンパに行きたいと思っていた。
三度目となるチベット旅の今回、成都で友人と観光した後
念願のマルカムに到着し、路地奥にある件のホテルにチェックイン。
対応してくれたのは、まだ十代中頃と思われる少年少女だった。
彼らは笑顔で対応し中国のどのホテルでも行われる身分証明書のチェック(外国人の場合パスポート)をしてぼくを泊めてくれたのだ。
だが
この時ぼくのパスポートをパソコンに取り込む時、うまくいかなかったらしく携帯で撮られるという事があった。
普通これでチェックイン作業は終わるという事があるので
ぼくはこれで問題ないと思っていた。
だがこの時の出来事が問題だったのだ。
という事を、この日の夜に思いしる事になる・・。
チェックイン後ぼくはマルカム・ゴンパまで行き無事、壁画の写真をとりおえ
目的を達成した。
そしてゴンパから帰ると翌日のアバにそなえホテルで休んでいたのだが・・
それが始まったのは夜の8時過ぎだった。
突然ぼくの部屋にノックが鳴りドアを開けてみると
このホテルのオーナーとおぼしき50才位のチベタンの男とその奥さんらしき人物
とぼくを対応してくれた子供たち(恐らく夫婦の子供)が話しあっている。
少年は
何でもないよ!
と言わんばかりに笑顔でドアを閉めていいという合図を送った。
ぼくはそれに従いドアを閉めたのだが、不安がよぎった。
部屋の外で何十分も彼らの話し声が聞こえる。
一体なんだろう・・
もし彼らが話している事がぼくが泊まった事絡みだったら面倒な事になる。
中国には外国人禁止みたいなホテルがあるので最悪追い出されてしまう。
話し声が聞こえて一時間後の9時過ぎ。
事態は思いもしない方向へ動いた。
【恐怖のノックの末に】
それは二度目のノックだった。
・・今度ななんだ?
ドアを開けてみると、さっきまでいた子供たちがいない。
代わりにチベタンの夫婦が中国語で何かを言っている。
ぼくは言葉がわからないので
首を横に振ったり意思疎通が出来ないむねを伝えると
今度は紙に何かを書き出してきた。
その紙には中国語で何か書かれていてた。
内容は不明だが最初の二文字だけがわかった。
そこには
公安
と書かれていた。
彼らのただならぬ雰囲気と『公安~』という文字で確実にまずい状況であるという事がわかった。
ぼくが頭に浮かんだのは二つ。
一つはさっきも言った通り外国人禁止の宿もあるので公安の通達によってぼくを追い出すという事。
もう一つは
公安が呼んでいる。
どっちも嫌だった。
事前にネットで調べた所によると公安に発見され外国人可能な宿に連れていかれる所は大抵、値段が高い。
だから一人旅の場合は是非とも回避しないといけない。
もう一つの公安に連れていかれるという事はどんな事が起こるか分からないので考えたくもなかったのだが・・。
そんな最悪な事が彼らのやり取りの中で常に頭の中にあったため
ぼくは出来るだけ
言っている事がわからない。
ここから離れたくないオーラを出していたのだが
無駄だった。
奥さんが服を着ろみたいなジェスチャーをしてきたので
もうしょうがない。
このホテルは諦めよう。
と思いぼくは服を着て、念の為ホテルを出ていく事なのかを確認するため
リュックを指差すと
奥さんは手を横に振りいらないという。
そしてオーナーがついて来いと合図を送った。
終わりだ・・。
公安に連れていかれる。
嫌な予感は的中してしまった。
ぼくはホテルを出るとオーナーと一緒に夜のマルカムの街中を歩いていった。
街はライトアップされキレイだったが、頭の中はヤバい事になった!
という事で全く目がいかなかった。
ぼくとオーナーが歩いていった先にあったもの
それは予想通り
公安だった。
マルカム公安派出所の前には5~6人のいかつい警官が立っていた。
オーナーは彼らの前にたつと何かを話し始めた。
多分外国人泊まりに来てしまったんですよ。どうしたらいいですか?
みたいな事を言っているのか言っていないのか分からないけど
ぼくは派出所の中に連れていかれて事情聴取される事になった。
【公安派出所で事情聴取】
派出所入り口からすぐ隣にある部屋に通されたぼくを対応した警官は三人だった。
始めに彼らはオーナーと何かを話しはじめた。
ぼくは座るよう促され彼らのやり取りをずっと聞いていた。
すると目の前の警官にパスポートの提示を求められたので
ぼくは素直に渡すと警官は何かを聞いてきた。
オーナーは警官に言葉がわからない旨を伝えたようなので別の警官が
英語で
英語話せるか?
と聞いていた。
少し安心した。ぼくは英語もまともに話せないけど、意味不明な中国語で話しかけられるよりはマシだ。
その警官が質問してきた内容は
国はどこだ?
職業はなんだ?
何処に行くんだ?
車で行くのか?
という四つの質問だった。
ぼくは正直に出身は日本である。仕事は画家をしている(ペインターと言っても通じなかったので自分の絵の画像を見せた)
明日アバに行く。車ではなくバスで行くという事を伝えてみた。
それ以上の質問はなかった。
多分ぼくが中国語が話せていたらもっと質問されていたと思う(代わりにオーナーが色々質問されていたので)
その後パスポートを返されオーナーと共に公安派出所を後にした。
この時、特別他のホテルに行け!みたいな事を言われなかったのが救いだった。
ぼくはホテルに戻ると横になるのだった。
正直怖かった。
中国で公安にお世話になると帰ってこれない可能性もある。
例えばスパイ罪。
理由は不明だがスパイ罪で懲役十何年なんて判決を受けた日本人もいる。
という事もあるので今回の旅は楽しかった反面、怖かったという印象。
しばらくチベットには行かないと思うけど多分また行くと思う。
やっぱりチベットとかゴンパが好きなので(^^;
【後日談~アムドの街にて】
翌日ぼくはアバに無事到着しアバのバスターミナル前のホテルにチェックイン。
ここも問題なく泊まれた・・
と思った。
だがぼくがチェックイン後すぐに昼食とゴンパ巡りをして帰ってくると、オーナーから警察から連絡があったと言われた。
オーナーからの質問は
何処から来て何処へ行くのか?
という事を聞かれパスポートの写真を撮られる事になった。
その後無事ホテルに泊まれたのだけれども、後日行った老木寺でも同じ事を聞かれる事になる。
前回行った時はこんなに聞かれる事はなかったので一体何なんだろう?
とチベット人の友人にマルカムで事情聴取された事を聞いてみると
ぼくが行った1月は中国の旧正月が近く、その時に外国人がチベットのホテルに泊まると色々書類が必要になるのだそう。
そしてこうも付け加えてきた。
もし用事が済んだのなら早く戻ってきて欲しい。
中国はスパイを恐れる。
これを郎木寺のホテルで聞いたぼくは、もうチベットには居られない。
早く成都に戻らないと行けないと思ってしまい予定より早く戻り
残りの日をミセスパンダホステルで過ごす事になるのでした。
今回思ったのは時期が悪かったという事。
どうやらチベット人の友人の話によればチベットに行くベストな季節は7~8月らしい。
それでも警戒しない事に越した事はないと思うけど。