仏教にはヒンドゥー教縁の神々が仏法の守護神として崇められている。
それが『天部』と呼ばれる神々の事である。
ボクは仏画絵師であるが天部を調べてみると尊格ごとに様々な出自があって興味深い。
また、仏教が盛んなチベット文化圏をよく旅をするが日本で見聞きしないような神々を見ることが出来るので今回は日本とチベットの天部を合わせて紹介しようと思う。
【天部とは?】
天とはサンスクリット語でデーヴァの事で、この音写が『提婆』で『天』という風に約している。
天部の神々にはガルーダやガネーシャと言った尊格が登場するが彼らはヒンドゥー教の神々であり自然現象を神格化したものが多い。
因みに日本とチベットでは仏達のカテゴリー(如来・菩薩・明王・天)が微妙に違っている。
チベットの神仏についてはこちらを読んで欲しい。
【梵天】
梵天(サンスクリット語でブラフマー)はヒンドゥー教の最高神であり釈迦が悟りを開いた時に教えを広めるために涅槃に入ろうとした釈迦を説得した『梵天勧請』という話がある。
ブラフマーという名前は宇宙の根源的原理ヴラフマンの男性形で他にもスヴァンヤンブー、ヒラニヤガルバと言った多くの名前を持つ。
乗物はハンザと呼ばれる聖鳥で仏教ではガチョウの上に座る姿で描かれている。
梵天はヴィシュヌ神のヘソから蓮華が生え誕生した四面四臂の神であるが彼は元々五面だった。
あるとき破壊神シヴァとどちらが最高かどうかで喧嘩となり遂にシヴァは怒りの化身ハイラヴァとなり梵天の首を一つはねてしまったというのだ。
仏教における梵天は世界の中心にあるとされる須弥山のはるか上に住み仏教を守護している存在とされている。
因みに須弥山は西チベット奥地にあるカイラス山とされヒンドゥー教、チベット仏教等の聖地として数多くの巡礼者が訪れている。
【帝釈天】
須弥山の頂上に住む帝釈天は娑婆世界の不正や悪事を監視する存在である。
逸話としては釈迦が悟りを開くのを協力したり梵天勧請の際、梵天と協力した話等がある。
帝釈天とはサンスクリット語でインドラの事でありインド神話では戦闘神として登場し、悪神ヴリトラをヴァジュラ(金剛杵)を使い真っ二つに切り裂いた事からヴリトラハン(ヴリトラを殺す者)
とも呼ばれている。
帝釈天の武器であるヴァジュラとは雷の事で仏教では煩悩を打ち消す法具として様々な神仏が手にしている。
【四天王】
四天王は帝釈天配下として須弥山の四方を守護する神々の事であり、サンスクリット語でチャタスラ・マハー・ラージカー(四方を守護する偉大なる王の意)という。
日本では昔から武将や貴族達に信仰され仏像が数多く造られてきたがチベットでは寺の四方を守護する意味合いで必ずと言っていい程、四天王の壁画が描かれている。
四天王は日本とチベットでは図像が微妙に違っていて日本では邪鬼を踏みつけているがチベットでは何も踏みつけていない。
身体の色、持ち物は以下の通り。
■北方担当:毘沙門天(多聞天)*チベットでは財宝神ジャンバラと同一視されている。
黄色い身体でマングースと勝利の幡を持っている。
■東方担当:自国天
白い身体に琵琶を持っている。
■南方担当:増長天
青い身体で剣を持つ。
■西方担当:広目天
赤い身体で右手に仏塔、左手に蛇を持つ。
*上記はチベットスタイルで日本だと持ち物が違っていたりする。
四天王について書いている記事があるので詳しい事はこちらを読んで欲しい。
【吉兆天】
ヒンドゥー教の最高神ヴィシュヌ神の妃ラクシュミの事であり幸福と豊穣を司る女神である。
チベットではパンテン・ラモといい恐ろしい護法尊のような姿で描かれ聖地ラサの守護神とされている。
【弁財天】
ヒンドゥー教の女神サラスヴァティの事であり河の神格化とされている。
また河のせせらぎが音楽に例えられた事から音楽や芸術の神として信仰されている。
日本では七福神の一人として琵琶を持った女神として描かれるがインドでは蓮華の上に座りヴィーナーという琵琶に似た楽器を持った姿で描かれる。
因みに弁財天は梵天(ヴラフマー)の妃であり梵天が四つの顔を持っているのは何時でも弁財天を見ることが出来るためなのだそう。
【鬼子母神】
安産・子育ての神である鬼子母神はサンスクリット語でハリティと言う。
彼女には鬼神アーンチカの間に一万人の子供があり1番末の子供をピヤンカと言い特に彼女と寵愛を受けていた。
しかし鬼子母神は他人の子供を食べ続けていたため釈迦はピヤンカを隠してしまった。
嘆き悲しむ鬼子母神に釈迦はさとした上でピヤンカを返し、子供を食べるのをやめ仏教の守護者となったと言う。
【ダキニ天】
ヒンドゥー教より導入されたダーキニーは元々女神カーリーの侍女であり日本では御稲荷さん、チベットでは虚空を飛ぶ魔女カンドゥーマの事を指している。
またチベットではヤブユムと言う男女の神々が抱き合った姿の仏画・仏像をしばしば見かけるが悟りを開くための工程のイメージであり、ダキニ天は男尊にシャクティと言うエネルギーを注ぎ込む役目を持っている。
ヤブユムについてはこちらを読んで欲しい。
【大黒天】
サンスクリット語名マハー・カーラ(大いなる暗黒)と言い、シヴァの別名でもある。
日本では七福神の一人として柔和な顔の老人の姿で描かれているがチベットにおいては恐ろしい表情のシヴァの化身の姿で表されている。
また日本でもマカキャラ天として崇められ大黒天本来の姿の仏像も存在する。
大黒天については詳しくはこちらは読んで欲しい。
【仁王】
寺院の入り口両脇に阿吽の表情をした仏像が一体ずつ立っていることがあるが、その仏像が仁王であり常に二体なので仁王(二王)という風に俗称されている。
本来の名前は執金剛神(ヴァジュラ・パーニ)であり元々王子であったが釈迦の元にいたいという思いから金剛力士となって仕えるようになったのだ。
仁王はインドラの持つヴァジュラを持っているが、この武器で仏敵を撃退する事から寺の入り口に立っているがチベットでは青黒い身体のヴァジュラ・パーニがあって、こちらは菩薩とされている。
【歓喜天】
大聖歓喜自在天、聖天、天尊ともいわれ元々はヒンドゥー教の象頭の神ガネーシャ由来の夫婦和合・子宝を授ける神様である。
サンスクリット語名マハー・ナンディケーシュヴァラと言い単尊で描かれるものや双身歓喜天のように男女の神々が抱き合った姿の仏像もある。
そんなセクシャルな姿であるためか秘仏として祀られ一般的に公開される事は少ない。
【阿修羅】
仏法を守護する龍人八部衆(天・龍・夜叉・乾だつ婆・迦楼羅・緊那羅・摩ご羅迦)の一人であり帝釈天と戦う荒ぶる神であったが釈迦の説法を聞き仏教の守護者となった。
サンスクリット語名アスラと言うが、元々はゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーであり、アスラがアジアの語源とされている
(アスは『東』を意味するasuと言う古代アーリア語)
【迦楼羅天】
インド神話に登場する伝説上の鳥ガルーダの事でヴィシュヌ神の乗物でもある。
チベット寺院に行くと蛇を喰らうガルーダのレリーフがあるが仏教では蛇は煩悩を象徴する事から煩悩を食い尽くす鳥とされている。
日本では甲冑を身にまとったカラス天狗のような姿の仏像があるがネパールには天使のようなガルーダ像がありヒンドゥー教・仏教文化圏で様々な姿のガルーダ像を見ることが出来る。
【十二天】
東西南北の四方(南東・西北・西南・東南)と天地(上下)、昼夜(日天・月天)を加えたものが十二天と呼び、各方角に守護神が司っている。
東:帝釈天
西:水天
南:閻魔天
北:毘沙門天
西南:羅刹天
南東:火天
西北:風天
東北:伊舎那天
天:梵天
地:地天
日:日天
月:月天
【火天】
サンスクリット語名アグニ(火と言う意味)と言い四臂の老人の姿で表されている。
因みに不動明王等の光背(火炎光)のサンスクリット語名もアグニと呼ばれ無知を燃やす働きを持っている。
【水天】
龍族の王とされている水天もまたインド由来の神でありサンスクリット語名ヴァルナと言う。
天空の神として崇められ過去・未来を司っている。
【風天】
風の神格化である風天はサンスクリット語でヴァーユと言い子孫繁栄・長命を人々に授ける神として崇められている。
【伊舎那天】
風の持つ風力を神格化した神でありサンスクリット語でイシャーナと言う。
姿は三ツ目の忿怒尊で牛に乗り三叉戟を持つシヴァの特徴を兼ねそろえている。(シヴァの化身とされている。)
【地天】
大地の神格化でありサンスクリット語でプリティヴィーと言う。
伝説によれば釈迦が悟りを開いた時に地天が登場し悟りを開いた事を証明したと言う。
【日天】
サンスクリット語名アーディトヤ。
創造力の神格化だったが太陽神スーリヤと同一視され信仰されるようになった。
スーリヤとはインド神話に登場する太陽神であり太陽の神格化である。
身体は赤く四臂、三ツ目の神であり馬車に乗り天空を駆け巡るスーリヤは人間の行為の善悪を見抜く力を持っている。
【月天】
サンスクリット語名チャンドラは月の神格化であり仏教では勢至菩薩の化身とされている。
【大自在天】
サンスクリット語名マへーシュヴァラと言いシヴァの別名である。
大自在天は暴風の神格化であり元はヒンドゥー教の最高神であったが仏教に入ってからは仏法を守護する神となった。
シヴァは仏教の神仏に様々なイメージを与え千手菩薩がシヴァの別名や不動明王が化身であったりする。
またチベットのチャクラサンヴァラは大自在天と妃を踏みつけているが、これはヒンドゥー教よりも仏教が勝っていると言う意味合いがある。
【摩利支天】
サンスクリット語名マーリーチーと言い太陽の神格化である。
一説では梵天の子供とも言われ猪の戦車に乗って多面多臂の女神として描かれる(もしくは天女形で)
【韋駄天】
サンスクリット語名スカンダと言い戦闘神らしく甲冑を身につけた姿で描かれる。
またガネーシャの兄弟とされクマラ等、数多くの別名を持ちヒンドゥー教文化圏で信仰されている。
【羅刹天】
元は人を喰らう悪鬼ラクシャーサであり、後に仏教に帰依し十二天の一人となった。
また地獄の獄卒を務めるともされ男は醜く女は美しいとされている。
【チティパティ】
チベットの墓守であり前身骸骨の姿で表されている。
夫婦揃って踊る図像やヤブユムの状態をとるものがあったりする。
またチベットのお祭で僧侶達がチティパティの姿で舞う事があるが生と死の文化が混在したチベットならではだ。
【まとめ】
以上のように天部ではヒンドゥー教由来の神々や自然現象の神格化など様々で、彼らは仏法を守護する存在として信仰されている。
チベットに行くと寺院の壁画や街中で彼らを数多く見つける事が出来、人々の信仰心の高さを垣間見る事が出来るのだ。