画家として生きる

初海外出品!テグアートフェアの真実

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宮下拓実展「ぼくのマンダラ」が羊画廊で終了したのちボクはネパールに1か月旅をし、向こうの宗教美術からインスピレーションを得ることに成功した。

帰国後、羊画廊での新たな個展に向け制作していくなか画廊のオーナーから面白い話をしてくれた。

 

今年の秋、韓国で開催するテグ・アートフェアに出品しないか?

 

というものだった。

 

願ってもないチャンスだった。

 

世界中の画廊が集まるテグ・アートフェアにボクが行けるなんて・・

ただ、この時のボクは漫画家にあるという夢の方が大きく韓国に行く事への重要性を余り深く考えていなかった。

 

【韓国へ向かう道のり】

ボクとオーナーは新潟からの深夜バスにのり大阪に向け走り出した。

大阪までは長い道のりだったが深夜便という事もあり、眠っている内に到着。

ボクたちは釜山に行く船が到着する港まで行き、そこで待つことになった。

船が到着する時間になると乗船する人々が集まり、辺りは賑わい始めた。

 

そんな時オーナーの知り合いらしき関西の画廊の人達と合流し、ボクたちは彼らと一緒に乗船する事になる。

 

狭い船室に荷を降ろすとオーナーに声をかけられ

 

関西の画廊の人たちと夕食をとらないか?

 

と、誘われボクは(気乗りはしなかったが)行く事にした。

飲食スペースにいたのは関西の画廊の人たちで巧みな関西弁が飛び交っていた。

 

ボクは・・正直怖かった。

 

派手な服装をした割腹のいい画廊の人や同行していた彫刻家の人たちが話す関西弁と関西人特有の人柄に恐怖を感じていたのだ。

だからボクは同じ席についていても殆ど話をせず、声をかけられても素っ気ない態度をとっていたせいもあってか、多分印象は良くなかったものだろう・・。

ボクはその間、夕食とは言えないような鶏肉(酒のつまみみたいで、それしか無かった)の切り身みたいのをモクモクと食べ続け、食べ終えると早々に船室に戻り床につくことにした。

翌日釜山に到着すると彼らと一緒にアートフェアが開催するテグに行き、展覧会会場で準備を始めることに。

 

【テグ・アートフェア】

物凄い広い展覧会会場では世界中の画廊がひしめき合っていてユニークな展示物が至る所に飾られ、圧倒していた。

ボクはオーナーの許可の元、他の画廊を見て回ったが、どれもこれもクオリティが高いもので、正直描き始めたばかりのボクの絵はこの展覧会では似つかわしくない、と思ってしまうほどだった。

夕食が近づくとオーナーから他の人たちと一緒に食べないか?

と誘われたがボクは断り、一人で食べに行った。

ボクは一人になりたかったし、画廊の人たちと繋がりたいとかは、その当時思ってもいなかったからだ。

 

翌日、旅を楽しむ為ボクは世界遺産の海印寺に行き韓国観光を楽しんだ。

 

ボクは画廊の仕事どうこうより韓国に行きたかったという事が強かったんだと、思っている。

ただ、やはり今思えばボクの一連の行動は良くなかったんだと思っている。

 

画廊の人たちと一緒に食事をしたりしていれば何かチャンスがやってきていたかも知れない・・

この時のボクは観光したい!ボクは漫画家を目指している!絵は副業でいいや!

という想いが強かったせいか、それが態度と行動に出てしまったんだと思っている。

 

そんか韓国旅行だったが初の海外出張でのボクの成果は・・

 

 

駄目だった。

 

 

1点も売れる事は無かった。

 

 

海外の大きな壁を破ることは出来なかった。

 

韓国で画廊のちょっとだけ手伝いをして、観光した。

 

それが全てだった。

 

成果という成果を残せずボクの海外出張は終了したのだった。

以上!

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