敬虔な仏教徒ラマさんはボクに一体何を教えてくれたのか?『世界最貧国ネパールの現在』

2015年9月ボクは『ヒマラヤの国』ネパールでタンカ(チベット仏画)修行の旅に出て、彼の地でタンカ絵師マイラ氏と出会い3ヶ月間タンカを学ぶことが出来た。

しかしボクが彼の地でマイラ氏と出会えたは、ある一人のネパール人の存在があったからだ。

 

【チベット仏教の聖地にて】

そのネパール人と出会ったのはタンカを学ぶ為にネパールのチベット仏教の聖地ボダナートに赴いた時の事だ。

ボダナートにはネパール1大きい巨大ストゥーパ(仏塔)がありチベット難民が多くすみ至る所にチベット仏教寺院が点在し正にチベット仏教文化・芸術を学ぶにはうってつけの場所であった。

だからこそボクはボダナートでタンカを学ぼうと思ったのだがタンカスクールで3ヶ月間も学べるだけの授業料がなく、ボクは仕方なく一人一人聞いて回る事にした。

そんな時ボクに救いの手を差し伸べてくれたネパール人がラマさんだ。

彼は兄と共にシンキングボウル専門店を経営し日本で長年住んでいたこともあり日本語はペラペラであった。

大抵日本語が流暢なネパール人は警戒した方がいいのだがボクは中々決まらない修行先に焦り、わらをもつかむ思いで彼に

「タンカ絵師を知りませんか?」

と聞いてみた。

すると彼は友達にタンカ絵師の方がいて紹介して貰えることになったのだ。

彼は悪徳ネパール人ではなくボダナートに住む敬虔な仏教徒だったのである。

その後ラマさんから紹介してもらったタンカ絵師マイラ氏が経営するタンカ屋で学ぶ事になったがラマさんの存在がなければネパールで路頭に迷っていただろう。

その翌年ボクは再びネパールに訪れ、ラマさんと会う機会があったのだが、その時始めて知ったのだがラマさんはとんでもなく苦労者だったという事だ。

ラマさんは日本に6年も住んでいたことがあるのだが、その6年はとても過酷なものだったという。

彼は東京の日本語学校に通っていたらしいが、その時の平均睡眠時間はなんと、たったの3時間!!

日本語学校の学費と生活費や母国に送るお金の為ラマさんは三つのバイトを掛け持ちし日本語学校に通っていたらしい。

しかしそのかいあって当時の月給は60万を超えていた!

ボクのように精神的に肉体的に弱い人間はとても勤まらない過酷な生活だったと予想できる。

でもそこまで働かないといけない理由はネパール自体に問題があると思う。

 

【路頭に迷うネパール経済】

ネパールは世界最貧国の一つとされ国民一人の平均月収は一万円位だという。

ボクは以前ネパール在住の日本人から聞いた話によればゲストハウスで働いている従業員の月収は僅か3000円程度でそんな少ないお金ではとても生きていけるものでは無い。

その為ゲストハウスの従業員は部屋の一室を借り、その部屋で寝泊まり(食事は出るらしい)しながら働いているというのだ。

そんな環境だからこそ多くのネパール人は海外へ出稼ぎに出て行くというのだ。

仕事があり平和な日本とは大きな違いである。

一体どうやったらこの環境を打破出来るのだろうか・・

ネパールの主な産業は観光業である。

有名なエベレストやアンナプルナ等トレッキングの宝庫とも知られてるしカトマンドゥ盆地は世界遺産に登録され多くの旅人がパタンやバクタプルといった古都を訪れている。

しかしネパール全体をいえば国民の8割が農業従事者であり、農業が国民総生産の4割を占めている。

その為ネパール経済は低迷を続け海外へ出稼ぎにでる人が後がたたないというのだ。

この日本とは真逆の環境でボクが感じた事はとにかく物乞いや麻薬等の違法ビジネスに手を出す輩が多いという事だ。

こういった物乞いや違法ビジネスといった社会問題もネパール経済が低迷しているせいで、経済が上向けばこういった社会問題も少なくなっていくだろうが残念ながら遠い未来のように感じられる。

また物乞いについてもう一つ語らねばならない事がある。

物乞いが生まれる要因は経済の低迷やカースト制度といった文化的背景があるのだろうが、彼らに対するネパール人の目は冷ややかだった。

ボクがタクシーに乗ってるとき、何か物を買っているとき、彼らはお金を得るため擦り寄ってくるが親切に物乞いから助けてくれるネパール人達はネズミか何かを見るような目で彼らを追い払っていた。

日本では絶対に考えられない事である。

もしも日本なら行政が何か対策を取るだろうしネズミを見るような目で追い払う日本人なんていないはずだ。

こういったネパール人一人一人の意識改革も大切であり国民を潤す為行政がキチンと機能していれば何とかなるのかも知れない。

ボクはネパールでラマさんや麻薬ビジネスに手を出す悪徳ネパール人、物乞い達からネパールが抱える社会問題を垣間見る事ができ、タンカの技術だけで無く何か大切な事を学んだような気がしたのだった。

 

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