『功徳』という言葉を知っているだろうか?
功徳とは仏教用語の1つで善行を意味し功徳を行う事で極楽浄土に行けたり輝かしい来世が待っていたりと信じられているのだ。
ボクは多くの日本人と同じように信仰心篤い仏教徒ではないがチベット文化圏の国々を旅していると功徳という仏教概念に基づいて行動しているのではないかと思う人をよく見かける。
例えばチベット人は信仰心高い民族として知られるがボクが東チベットを旅した時こんな事があった。
ラガンという小さな町に訪れた際のこと。
ボクは到着早々とあるホテルに泊まったのだがそのホテルの設備は日本では考えられないような事で具体的に言うとシャワーとトイレが使えない・・
そんなホテルだった(水回り以外はしっかりしていたが)
ボクはそのホテルでチェックインを済ませラガン・ゴンパで美しいチベット美術を堪能し、翌日いざ次の町へ!
とホテルを出ようとしたその時・・
そのホテルを切り盛りしているだろうチベット人のお婆さんから120元という金額ものお金を渡されたのだ。
ボクは困惑したが、きっとチベット人の親切だと思いお金を頂き
「ドゥジェチェ!(有難う!)」
と言いホテルを出るのであった。
一体あのお金は何だったのであろうか?
今となっては分からないが多分これが功徳としての行いの1つだったのでは無いかと思うのだ。
きっとお婆さんは旅人であるボクに旅費としてお金を渡し少しでも役に立って欲しいと思い行動したのだと思う。
人の為に行動する・・これこそが功徳の行いなんだとボクは思うのだ。
【聖地ボダナートで出会った老人】
ボクはタンカ(チベット仏画)修行の為ネパールのチベット仏教の聖地ボダナートに3ヶ月間いたが、1日のタンカ修行が終えると決まって近くのニンマ派僧院で巨大ストゥーパを眺めてからゲストハウスに戻るという事をしていた。
このニンマ派僧院に訪れる度、決まってあるチベット人の老人が巨大ストゥーパに向かって五体投地を行っていた。
ある朝の事だ。
ボクは毎日のように僧院を訪れていたせいか遂にその老人に話しかけられた。
というよりお菓子を貰った。
そしてお金も貰った・・!!
困惑してるボクを横目に彼はそのお金で食べてこいみたいなジェスチャーを行いボクは彼と別れたのだった・・
その後も彼とあうとバターティーをご馳走になったりして、すっかり顔馴染みとなってしまった。
海外に行くと現地の人と顔馴染みになって仲良くなるみたいなパターンだ。
ある時、僧院に行くと彼は僧侶を呼びつけボクに多分供え物であろう果物やお菓子を貰い、とても嬉しかったが食べられなかった分をゲストハウスに持ち帰り、持ち替えたものを見た時ボクはゾッとしてしまった。
それはピーナッツと干し果物が混ざったものだったが、よく見てみると赤くうごめくものが・・
虫だっ!!
そのお菓子は傷んでいたのだ。
でも貰ったものだから捨てるわけにもいかず考えた末にボクがとった行動・・それは誰かにあげてしまおう!!
幸い貰ってくれた人がいてボクは捨てずにすみ、貰ってくれた僧侶の人は美味しそうにむしゃむしゃと食べてくれたのだ。
当然虫の事は言わずに・・
ただ翌年その僧侶の方は健在だったから問題なかったのだろう。
でも普通に考えれば傷んでるものを人にあげるなんて良いことでない。
ボクはあの時如何すれば良かったのか判断が別れるところだ。