チベット仏教の聖地のストリートチルドレン『旅行者は物乞いにどう接すればいいのか?』

世界的に問題になっているストリートチルドレンの子供たち・・。

彼らはチベット仏教の聖地ボダナートでも見かけボクのような旅行者を見かけると、小さな手を差しだし

 

「マニー・・マニー・・」

とか細い声で話だし、いつまでも着いてくる。

日本でも路上生活者の問題がニュースに上がる事があるがネパールやインドに行くと、日本の比ではない位の物乞い達が街角で路上生活をしているのだ。

 

・・世界の悲しい現実だ。

 

ボクは初めてネパールに訪れた際、彼らの存在を知りカルチャーショックを受けたことがある。

当然だ。

平和な日本で生きてきてストリートチルドレンや物乞い達の存在等、目にしないし話になることもない。

だがネパールやインド、アジア等では当たり前の現実なのだ。

 

【何故ストリートチルドレンは生まれるのか?】

インドやネパールで物乞いが生まれてしまうそもそもの原因としてはカースト制度というものが存在していたからだ。

 

カースト制度とは簡単に言えば身分制度の事で司祭、王族、商人、詩人等様々な身分があり、ネパール人の名前を聞けば彼らがどのカーストに属していたかが分かる。

そしてその身分は代々受け継がれていき、就ける職業も決まってしまうのだ。

だから物乞いをしている人達というのは最下位の奴隷カースト出身が高い(あくまでもボクの持論だが)

カースト制度はそもそも過去の制度で法律の中にある訳では無いが、代々受け継がれてきた制度は簡単に心の中から消えるものではない。

 

カースト制度のせいで『自由に生きられない世界』も存在するという事だ。

 

【物乞いに出会ったらどうすればいいのか?】

ボクは物乞いに出会ったら、その時の良心で行動するようにしている。

物や金を渡したくなければ渡さなくていいし、渡したければ渡せばいい。

ボクの友人で世界中を旅してきた高木さんという方は、もし物乞いに出会ったらというボクの質問にこう答えてくれた。

「始めに出会った人にだけお金を渡す」

と・・

物乞いの接し方は人それぞれだがボクは以下3つの方法を試している。

 

●1 お金(少量)を渡す

 

●2 食べ物があったら渡す

 

●3 無視する

 

1つ目のお金を渡す・・は旅行者が物乞いに絡まれたらよくやるパターンだが、少量のお金を渡しても彼らの生活のタシになるとは思えない。

 

でもボクは渡すのだ。

 

お金を渡せば彼らは去ってくれるから・・。

 

きっと嘘なんだ。

 

お金を渡せば彼らのためにあるというのは・・

物乞いをすればお金が手に入る。

それが習慣化してしまうと、物乞いでしか生きられなくなる。

だからお金を求められてもキッパリと断る事も大切だ。

 

2つ目は食べ物を渡す行為。

ボクはシェルパゴンパでお菓子をもらいゲストハウスに戻る最中、物乞いから食べ物を求められボクは幾つかあげてしまった。

 

 

本当にあれでよかったんだろうか・・。

 

数え切れない程の物乞いからたった1人を選んでお菓子を渡した行為は正しいのかボクには分からない。

 

3つ目が無視する。

関わらない。目をあわせない。見て見ぬふりをする・・

 

分かってる。

 

人としてどうなんだろうか?

 

ただ・・

 

人間というのは見たくないものから目を避けてしまいがちな生き物。

だからこんな悲しい現実を見たくないのかも知れない・・。

 

3つの接し方全てが正しいとは思えないし、全てが間違ってるとは思えない。

 

どうすればいいのか?

 

それは貴方自身が彼らと出会い、その時『良心』に従って決めて欲しい。

 

Eメール *

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です